漆黒のオルフェイ ~転生者にチートアイテムをお売りしますが代金はその”欲望”です~

真島こうさく

序章:漆黒の商人

 その男は、どんな世界にも、ふいに現れるという。


 薄闇うすやみの中を、ひそやかに歩む長身の影。

 漆黒しっこくのコートをひるがえし、ほのかに笑みを浮かべたまま、

 まるで数秒前まで姿のなかった場所に、

 当然のように立っているのだ。


 男の名を知る者は少ない。

 人々は彼を“セールスマン”あるいは“オルフェイ”と呼ぶ。

 ある世界では闇市やみいち密売人みつばいにんと誤解され、

 別の世界では神出鬼没しんしゅつきぼつの幸運の使者とあがめられたともいう。

 だが真実しんじつは、そのどちらでもない。


 彼が扱う品物は、にわかには信じがたい

 “奇跡”や“魔道具”のたぐい

 超絶的なチート能力をもたらす宝具ほうぐであろうと、

 冥府めいふの扉を開く邪具じゃぐであろうと、

 転生者の渇望かつぼうに応じて用意されるらしい。

 しかも、その支払いに「金貨」や「宝石」を要求することはない。

 男が求めるのはただ一つ――“欲望よくぼう”。


 心の底に巣くう、人に言えぬ願いや執着しゅうちゃく

 それをむさぼるかのように、男は笑みを濃くしながらささやく。


「私の品をお求めで?

  では、対価はあなたの“《欲望》”を少々いただきましょう……」


 いわく、男の訪れを受けるのは主に、

 “異世界転生”という稀有けうな運命を背負った者たち。

 神の導きによる恩恵なのか、偶然ぐうぜんなのか。

 どの世界でも彼らは抜きんでた能力を得て、

 英雄や魔王に成り上がる者もいれば、

 平凡へいぼんに暮らす者もいる。

 しかし、“オルフェイ”の前では、

 光も闇も関係がない。

 どんな転生者も等しく、内なる“欲望”を抱えているからだ。


 富や名声、復讐、愛、あるいは孤独――

 何であれ、心に秘めたその願いを

 男はことごとく見透みすかしてくる。

 そしてふところから不思議なトランクを取り出し、

 その欲望に見合う“商品”を闇の中から浮かび上がらせるのだ。


 もちろん、代価は甘くない。

 男が去ったあと、転生者の“欲望”が

 どのように回収されるのかは、誰も知らない。


 ただ一つだけ確かなのは――

 どの世界においても、

 商人の笑みは、ひたすらに漆黒であるということ。

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