第4話 破壊的無双が始まる
──試合開始
広大なマップの上を飛ぶ戦闘機から、3人×20部隊の計60人が自由に飛び降りる始める。
俺の選んだキャラは、“アジリティータイプ”。一定時間無敵状態になれるスキルを持ち、そのウルト《必殺スキル》は「ディメンションリフト」と呼ばれるポータル展開能力だ。このスキルは、戦略的な場所取りや危機的状況からの脱出、ダウンした味方の後退を容易にする。状況次第で、攻撃にも防御にも活用できる。まさに万能型のエースだ。
戦闘機から飛び降りる。周囲に浮かぶ他部隊のシルエットが次々と降下していくのが見える。
この大会のルールはひと味違う。初戦の成績がその後のマッチングレベルを左右するのは当然だが、キルポイントは通常1キルにつき1ポイントに対して、最初の10分間に稼いだキルは2ポイントになる。
順位ポイントと合わせ、この2時間という制限時間内でどれだけポイントを積み上げられるか。それが予選突破の鍵を握る。
降下中、俺は自問する。
「サポート役に徹するか、それとも……」
目の前には広がる戦場。そして心の奥底から湧き上がる、得体の知れない感情。
──殺しまくるか。
俺の中でどす黒い感情が渦巻き始める。くそ、やっぱ治ってなかったか。多くの人に見られる緊張状態になると発動するこの忌まわしいメンタリティ。落ち着け、俺。あの惨状だけは二度と繰り返さない。
視界には広がる大地、目指すのはマップのど真ん中──異様に大きな塔。その姿は孤高で、周囲の景色から完全に浮いて見える。塔を中心とした激戦区は、豊富なアイテムが眠る一方で、多くのプレイヤーたちが牙を剥き合う死地だ。
「いっけぇぇぇぇぇ!」
みどりが楽しげな声をあげながら、俺に続いて高速で降下してくる。その声が耳に届くたび、少し緊張がほぐれる。
塔の足元に着地すると、視界に飛び込むのは古びたコンクリートがむき出しになったその巨大な構造物。その高さは圧倒的で、周囲にはいくつかの低い建物が点在しているだけだ。塔の根元には、簡素な倉庫や廃屋が無造作に転がっている。道らしきものはなく、荒れた砂利道がまばらに通じているだけ。広がる地形は平坦で、見通しが良すぎるほど良い。
着地の瞬間、俺は無駄のない動きで周囲を見渡す。視界を警戒しながら、最速でアイテムボックスに手を伸ばす。装備を整える手の速さに迷いはない。アドレナリンが流れ込むたび、頭の中で役割分担が明確になる。
「やっぱりサポートに徹するべきか」
そう決意しかけた矢先、視界の隅に動く影が映った。敵パーティーだ。その瞬間、頭の中にどす黒い衝動が湧き上がる。
──殺せ殺せ殺せ。
低く蠢く声が脳内を支配する。それは俺自身の声であり、俺ではない何かの囁きだ。
「殺す」
呟いた瞬間、俺の体は理性を置き去りにして動き出していた。考える暇などない。全力で地を蹴り、敵の中心に向かって突進する。目に映るのは標的のみ。余計な思考はすべて排除され、ただ殺意だけが俺を突き動かす。
剣のようなスライディングで一気に間合いを詰めると、連続射撃を繰り出す。銃口が閃き、鋭い音とともに弾丸が敵の装備を貫く。どんな抵抗も、この圧倒的な攻撃の前では無力だ。
「アルト!?おい、待て!」
背後からミヒャエルの焦った声が響く。しかし、その声は俺の耳には届かない。戦場の喧騒に溶けていく。
「着いていきましょう! あの状態の彼は心強いです!」
みどりんが即座にフォローする声を上げた。その声には陽気さが混じっていたが、その裏に確かな信頼があるのを感じた。
「俺ならこいつらなんて……」
自嘲するように呟きながらも、俺の動きは止まらない止められないっ……!。敵を仕留めるたびに次の標的を捉え、連続的なキルを重ねていく。
大会で初っ端から敵を倒そうと果敢に突っ込むのは、通常ならリスクが高すぎて推奨される行為ではない。しかも、久しぶりの大会出場というハンディキャップが俺にはある。しかし、それでも俺の中の破壊的衝動は止められないっ……!!
──その結果、俺は45キルした。
「
画面にその文字が大きく映し出されたとき、静寂が訪れる。終わって冷静になってようやく気付く。やっぱり俺は変わっていなかった、なにも……。
この試合で俺は俺を変えると意気込んだのに結局いつもの独りよがりなプレイ。なんでいつも我慢できなくなるんだ……。
「45キル……」
呟いた俺の声は、どこか虚無的だった。その一言に、周囲の反応が一気に爆発する。
─バケモンだろ、こいつ
─「敵がやっと巻けた」と思ったら目の前にいるのは怖すぎて草
─ずっと殺す殺す言ってて、マジでやばいやつ来たなと思いました(小並感)
気付いたら俺の配信画面にも多くの視聴者たちが一斉にコメント欄を埋め尽くしていた。その言葉たちは画面の端に表示されているだけなのに、バケモン扱いをされ、俺の心を抉られていく。いや、仕方ないんだけどね。それでも傷ついちゃう、これが俺のガラスの乙女心。
「いや、まだ物足りないみたいな声色辞めて。アルト凄すぎだろじゅるり」
ミヒャエルが信じられないというVモデルの表情で俺を見ている。畏怖と尊敬が奇妙なバランスで交じり合ったその声色に、俺は何も返すことができない。
「さすが、アルト!それ待ってたよ!」
ヘッドフォン越しに聞こえてくる彼女の興奮した声に、思わず俺の手が止まる。
「え?」
不意を突かれたように声を漏らす俺に、みどりはニコリと笑って答える。
「え?っじゃないよ!次も頑張ろうね!私アルトのプレイ好きだから」
「あっ、えっ?」
その瞬間、心の奥がじわりと熱くなるのを感じた。俺のプレイが好き?そんなの初耳だった。
この無情なまでに冷酷で、連携無視な独断的破壊プレイスタイルを「好きだ」と言われるのは、なんだか信じられなかった。でも、これはいつもの水口と遊ぶカジュアルマッチでの「無双」とは全然違う。あのときは俺も連携を重視していたし、レベルが低い敵相手にエンジョイプレイを楽しんでいた。
──だが、今回の俺は違う。
これは完全に個人プレイだ。盤面をぐちゃぐちゃに壊し、圧倒的な力で殺戮を重ねていく。
本来の俺のスタイル――3年前に封印した、破壊だけを求める戦い方。
俺たち3人を除いた57人中、45人を俺が倒した。
「アルト。君がいてくれてよかったよ。もっと勝とう」
「は、はい……」
チームメイトであるミヒャエルの低く落ち着いた声が耳に届くが、反対に俺は冷や汗が止まらない。俺はどこか居心地の悪さを感じていた。
もちろん、俺たちは「チャンピオン」という最高の結果を手にした。順位は申し分ない。だけど、みどりんとミヒャエルは本当に楽しめていたのだろうか?
それが気になって仕方がない。
──ゲームは楽しむためのものだ。
だが、俺が突出しすぎると、周りが楽しめなくなる。そのことを痛感したのは、3年前のあの日だった。
「お前といると、マジでぜんっぜんゲーム楽しくないわ」
あの日、俺はチームメイトにそう言われた。ほんの些細な言葉。しかし、その言葉が俺の心に深く刺さり、決して抜けることはなかった。あの瞬間から、俺は自分の『本来のスタイル』を封印した。楽しかったプロ活動も一気にすべてがどうでもよくなり、引退した。すべてを破壊し、圧倒的な力で勝利だけを追い求めるプレイは、結局はチームの楽しみを奪い、本来のゲームの意義を阻害してしまう。そう痛感したからだ。
そして、今。再びあの時と同じ嫌な感覚が俺の中で疼き始めていた。
手が震えている。指先は冷たく、コントローラーを握る手のひらには、冷や汗がじっとりと滲んでいた。呼吸が荒くなり、心拍数が急激に上がっていく。
視界の端でみどりんが楽しそうに笑っているのが見えたが、それすらも霞んでいく。俺はただ、手元の画面に集中していた。
チャンピオンの称号が目の前にある。順位的には完璧だ。誰も文句を言わないはずだが、それでも俺の中には抑えきれない葛藤が渦巻いていた。果たして、これが「楽しいゲーム」なのか?
次の戦いのカウントダウンが始まる。
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