黒い光 白い闇

宇奈月希月

前編

 青い空。白い雲。風に揺らめく新緑の木々。

 丘の上で寝転びながら、それらを見つめる。何もかも忘れられる情景。

 ふと瞼を閉じた瞬間、聞こえた声。

「こんなとこにいたのか?」

 再び開けた目には、眩しい程の金髪が視界に入る。

「また学校抜け出したんだってな」

「私に勉強なんて必要ないもん」

 その言葉を聞いて、彼はふと微笑んだ。いや、今は彼女と言うべきだろうか。

 光り輝く金髪に、赤とエメラルドのオッドアイ。整った顔立ちに、ひらひらと風になびくワンピース。

「よく言う。親父もおふくろも心配してるぞ」

 ただ、言葉遣いは男そのものだが。

「出来ないものは出来ないんだもん。仕方ないでしょ?」

「はぁ……だからって、抜け出さなくたっていいだろ?」

「だって、天使長の娘だから、それぐらい出来て当たり前だっていうような目で、じろじろ見てくるし、こそこそ言うんだもん」

「はいはい。愚痴は後でな。帰るぞ」

 その言葉に見上げれば、彼はふと笑って続けた。

「学校には連絡した。親父からの急用だって言ってな」


「リア、探したのよ?」

 母にそう言われ、リアは肩を竦めた。

「ごめんなさい。でも、良かったの?急用だなんて、嘘吐いて」

 それを聞いた母親の表情が曇った。

「リラ、何も言わなかったの?」

「言ったらあのまま帰って来ないだろうと思って」

 その会話に、リアは母と兄の顔を交互に見た。

 溜め息をついた母は、リアの肩をしっかりと掴んだ。逃がすまい、と。

「急用というのは事実よ」

 母親の表情は真剣そのものだった。

「え?何かあったの?お父様が倒れたとか!?」

「いいえ。そんなだったら、もっと大騒ぎよ。……実はね、今、イナルド将軍が来てるのよ。それで……」

 そこで母は一端言葉を止めた。床に視線を落とす仕種に、リアは首を傾げ、リラを見た。視線が合ったリラは一度溜め息をついて、口を開いた。

「俺達のどっちかと婚約を結びたいんだと。まあ、俺は事実上男なわけだし、お前しかいないけどな」

 その言葉を聞いて、リアの思考は真っ白になった。


 面倒そうな表情で廊下を歩く双子の兄妹。

 双子の兄、リラは父親の命令で、人前では女性として立ち振る舞っていた。天使長の“娘”ということになっており、“息子”という事実は最大の秘密であり、家族しか知らない。性別を偽らなければならない理由を父は教えず、リラ本人は困惑をしているものの、女性的な顔立ちのため、容易なことだった。

 そして、今も父親とイナルド将軍の元へ向かうのに、女性用の正装で歩いていた。左手には、妹であるリアの手を握り締めていた。

 一方、双子の妹であるリアは、天使長の娘だが、天使としての力を持っておらず、落ちこぼれだと同級生たちから陰口を叩かれていた。そのため、常に自信がなく、兄であるリラの後ろを歩くことが多かった。

 今も父親の命令には逆らえず、正装姿で兄に手を引かれながら歩いていた。

「ねぇ、リラ」

「何だ?」

「私たち、まだ学生だよ?結婚とか、そういうのは……」

 その言葉にリラは歩みを止め、リアに視線を送った。

「……安心しろ。俺が何とかしてやる」

「いくら、リラでもお父様の命令じゃ無理だよ。……どっちにしろ、私はこの家にはいらないんだよ?天使長の座はリラが継ぐんだし」

 投げやりなリアの言葉を聞いて、リラはぐっと顔を顰めた。

「馬鹿なこと言うな!俺たちは双子だぞ?二人で一人だ!だったら、二人で天使長の座についたって文句ないだろ!?」

「……リラ」

 突然怒鳴ったリラを見上げるリアの瞳には、顔を真っ赤にしている兄の姿が映った。


「失礼します」

 兄妹は応接室のドアを開けるなり、一礼して一歩だけ部屋に入った。

「待ってたよ。リラ、リア」

「すみません。支度に時間がかかってしまって」

 リラは兄……いや、姉らしく、よそ行きモードで完璧にこなしている。リアはその後ろで小さくなっていた。

「さあ、二人ともこちらへ」

 そう言われ、二人は勧められた席へと腰掛けた。そこは、天使長と一緒にいるイナルド将軍の目の前だった。

「さて、来て早々で悪いんだが、お前たちのどちらかをイナルド将軍に嫁いでもらおうと思ってね」

 その言葉に、リラは一瞬だけ眉を寄せた。

「あの……お父様。今、どちらか……と申しましたか?」

「ああ、そう言ったが?」

 さも当たり前だと言うように述べる父に、リラは笑顔のままフリーズした。

「あの……お父様。お話では私が婚約を……と伺っていますが」

 リアはフォローするように、父親へと質問を投げかけたが、「うん、でも将軍はリラが好みだと言うし、リアも素敵だと仰ってるから、話し合って決めてほしいと思ってね」とあっさりと答え、兄妹の表情が凍りついた。


「リラ!!いい加減にしなさい!!!」

 父親は凄い勢いで息子の自室の扉を叩いたが、完全に籠城を決め込んだ双子は、開ける気配をみせない。

「誰が開けるか!!」

「とりあえず、話を聞きなさい!!」

「聞くことなんてないね!!」

 リラはそう叫ぶと、父親は肩を落としてその場を去った。

 静かになったリラの部屋では、兄妹で向き合い、今後についての話し合いが行われていた。

「これからどうするの?」

「どうするも何も、親父の頭をかち割るしかないんじゃないか?」

「そんな物騒な!」

「でも、それぐらいしなきゃだろ?何で、俺が男と結婚しなきゃいけないんだよ!」

「……リラが男だって言うのは、秘密裡にされてるからでしょ?知ってるの家族だけだよ?」

 その言葉に、リラはさらにむすっとした。

「あのな、女装してるのだって、親父からの命令だぞ!?大体、何でそこまでして娘が欲しいんだ!」

 プリプリと怒るリラの言葉に、リアも首を傾げた。

 天使長の座を継ぐのは、男という決まりがある。娘のみの家庭の場合、娘も候補に入るものの、基本は娘婿がなるのが通例だ。あくまで神が定めたことだが、それ故に一度も覆されたことがない。


 深夜、リラはベッドの上にぽつんと座っていた。

 昼の一件から、両親とは断絶している。妹のリアも「遅いから」と自室へと戻っていった。

 そっと手を、赤い瞳を持つ右目へと置いた。天使にとって悪魔の色と称されるその色の瞳を持つ天使長の息子。

 いつも同じ夢を見る。暗闇にいて、振り向くとリアが笑ってこっちを見ている。だけど、それはすぐに血の色へと変わる。崩れ落ちる妹の向こう側には、同じように両親の変わり果てた姿があって、さらにその向こう側に知らない男がいる。……いや、知ってるんだ。会ったことないのに、それが魔王だって。

 俺は何者なんだろうか?


「……リラ?」

 リアはふと目が覚めた。

 リラの声が聞こえた気がした。夢のせいだろうか?

 双子として生まれた私たちは、片割れの気持ちが何となくわかる。

 たまに見せるリラの悲しそうな表情と、痛い程に伝わってくる悲痛な声。何をそんなに悩んでるの?何がそこまであなたを追い詰めてるの?何で、双子なのに相談してくれないの?

 それが口に出せたらどんなに楽なんだろうか。


 翌朝、静か過ぎる朝にリラは立ち上がった。

 あれから眠れなくて、考え事していたら朝になっていた。しかし、いつも時間通りに来る侍女が起こしに来ない。

 おかしい……そう思った瞬間、突然扉が開いた。向こう側にはリアが立っていた。

「リラ!様子が……っ」

 息を切らしてやって来たリアの様子を見て、リラは慌てて駆け寄った。

「何があった!?」

 俺の質問に、リアは首を振って答えた。

「ごめん、詳しくはわからない。でも、今朝は変だよ!廊下に誰もいないの。声はもちろん、気配さえしない……」

 不安そうな瞳で言われ、やっと気付いた。静かと感じた理由が……。

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