釘の神様

「どういうこと?」


 思わず手にしていた皿を置いて、目のまえに座っている部下の方へ視線を向ける。いや、ちょっと非難めいた仕草だったろうかと内心冷や汗をかいたものだが、彼女はそんなことすら気にならないといったように話を続ける。


「なんていうんですかね、変な遊びが流行ってるみたいで」


 今年彼女から送られてきた年賀状を思い出す。家族写真を使ったものだったが、確かにそこに小学校中学年くらいのお子さんが映っていたように思える。この話は、つまりその子に関することだろう。ちょっと思考をまとめると、多少は落ち着いてきて、彼女の話を聴きながら食事を再開する。


「給食の、エプロンなんかを入れる袋があるじゃないですか、あれにね、毎日一本釘を入れて帰ってくるんですよ」


 彼女は落ち着きなく一息で言い切ると、それでようやくひと心地着いたのかお茶を一口含んだ。


「そりゃあまた、変な遊びだね」


「最初、いじめられてるのかと思ったんですけどね、お隣の桜井さんとこの子も同じように釘を一本持ち帰ってくるって聞いて、やっぱりなにか、そういう遊びが流行ってるみたいなんですね」


 なんというか、まじないじみてるなと思う。自分が子供の頃にも似たようなことはあった。―七不思議とかそういうのが流行った時だ。もう詳しくは覚えていないがセミの抜け殻にまつわる怪談が流行して、それへの対抗策として、何故だかカマキリの卵を持つと良いという噂が上がっていた。それでだいぶ母から叱られた記憶もしっかり残っている。


「どういう遊びかは聞いた?」


「ええ、訊いてみたんですけど、どうにも意味が分からなくて」


 そこからは彼女も、食事を再開しつつ、子供から聞いたという話をかいつまんで話始めた。


 つまり、それはやっぱり自分が子供の頃に持っていたカマキリの卵みたいなものらしかった。なんでも釘を持っていると神様に会える、といったような内容の都市伝説が流行っているらしかった。―そしてその話自体、ある別の都市伝説から派生したものだという。


「はあ、虫のおばけが来る?」


 どうも、元々そういう話だったらしい。なめくじだかみみずだかみたいなデカい虫のおばけを見たという話がベースにあり、それを受けて、それへの対抗策として「神さまの釘を持ち歩く」みたいな話ができたらしい、というのが彼女や近隣の方たちの見解らしい。


「それで……ここが一番不安なところなんですけど」


 彼女はすっかり食事を終えて、またお茶を一口含んでから切り出した。どうやら本題らしい、自分もまたお茶を一口飲んでから、ちょっと背筋を伸ばして向き直る。


「釘の出所が、よくわからないんです」


「釘の……、買ったとかじゃなくて?」


 今どきの子がどういうお小遣い形態なのかは知らないが、誰か一人でも釘を買うような余裕のある子供がいれば、そこから配られるなんてことも想像がつく。


「それが、私、気味が悪いし危ないしで、釘は毎回回収して、捨ててるんです。でも次の日にはまた釘が入ってて」


「ほう」


「それに……」


 彼女は少し言い淀む。少し待つ。


「明らかに、どこかで使われてたような釘ばっかりなんです。錆びてたり、ちょっと曲がってたり」


「どこかから抜いてきてるって?」


 そうなるとやはり、妙な話だ。毎日毎日見つけられるほど大量の釘が刺さっているような場所を、子供たちが知っているとは思えないし、知っていたとしてどのようにしてそれらを取り外しているというのだろうか。


「そうです、それで聞きたいことがありまして」


「え?」


「確か部長って、今私の子が通ってる小学校のご出身だって以前仰ってましたよね……だからその、あのあたりの小学生が行きそうな場所で、そういう……釘とかありそうな場所ってご存じないですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る