存在しない怪談

むしやのこどくちゃん

悪食の家

第2項 山間部にある安藁家の例


 前項では、特に風俗的な観点から、地域ごとに語られる「妖怪」や「もののけ」の分類、あるいはその変遷について考察した。既に指摘した通り、これらは特にその地域に住まう人々の生活に根差した様相を呈しており、例えば大きな災害の起きた年には「妖怪」らの伝承に大きな変化が生じたように、それをみつめる彼らのまなざしによって極めて流動的に振舞っているといえる。噂に尾鰭や背鰭がついて、もはや元の様態を保てずに流布されてしまうのとよく似ている。


 さて、この項では前項と異なり、大きな変遷の伴わない怪談について考察する。結論から述べれば、その―前項と比較して―「強固な」怪談たちは、特定の土地や家と結びついていることが多い。とりわけそれらの成り立ちと結びついて語られることが多く、変化しづらいのだと考えられる。

 ここで、L県S市にある真累村にて行った調査に基づいて、これらの「強固な」怪談について考察していく。


 真累村では、2015年現在に至るまで、ある怪談が語り継がれている。これは、江戸中期にまとめられた雑話集(真累村を含む周辺地域で語られている噂話などをまとめたもの)にも同様の風説が見られることから、それ以前から語られていることが判明している。ただし、本雑話集以前の情報源は乏しく、実際にいつからこの怪談が語られるようになったのかは不明瞭である。

 この真累村で語り継がれている怪談にはいくつかの呼び名が確認されているが、主だった呼び名は「悪食の家」と呼ばれるものだ。これは真累村において実在している安藁家にまつわる怪談であり、この真累村の成り立ちにもかかわる内容であった。


 以下、「悪食の家」の内容を箇条書きにてまとめる。

 ・夕腹村(かつて真累村の近くに存在していた村)より、S谷に越してきた者がいた。これが安藁家の者である。

 ・安藁家の者はそこに家を建て暮らすことにしたが、かねてよりS谷のあたりは土が悪く、何を育ててもすぐによくなくなった。(注記:この「よくなくなった」は「悪食の村」においてみられる特徴的な表現で、口伝・書物の両方において散見された)

 ・危殆に瀕した安藁家は、飢えに苦しんだ結果として、ある悪食に手を染めることとなった。

 ・この悪食を以て幾つかの冬を越した安藁家は、そこに村を興し田畑を拓いた。

 ・不思議なことに作物はよく育つようになり、同じように夕腹村より越してきた農民らによって栄えるようになった。これが現在の真累村である。

 ・この「悪食」は現在に至るまで、秘かに安藁家で続けられており、年に一度行われる伊那栄の儀において行われている。(注記:この伊那栄の儀は安藁家によって執り行われており、門外不出であり、村民らがこの儀式を見ることはないとのこと)

 

 人を食べているわけではないそうです。

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