開店1周年前日 9

 30分経ち、私たちは村上からの電話を待っていた。


 しかし、そこからさらに10分経っても電話がない。私たちはソファに2人並び、スマホをテーブルの上に置いて待っていた。時計と互いの顔を見ながら無言の時間と、短い会話が続く。


「遅いね」


「忙しいのかしら」


「かけた時間が悪かったかな。予約で埋まっているのかもしれないね」


「きっと掛け直せないことを気にしているよ」


 そんなことを話してまた黙る、という感じだったのだ。


 私が村上に電話して45分後、電話が鳴った。着信の確認をしたら、村上からだった。私たちは顔を見合わせ、ちょっと安堵した。4回ほど着信音が鳴った時、電話を取った。


「済みません、お電話が遅くなってしまいました」


 村上が恐縮しながら言った。私にはその様子が頭に浮かんでいた。美津子は電話している私の顔を見ている。


「いいえ、こちらこそ済みませんでした。お忙しいかもと思いながらも、ついお電話をしてしまいました」


 私は突然電話したことを謝り、理由を説明した。


「実は先ほど、妻と川合さんの話をしていたんです。その時、村上さんの話が出て、今どうしていらっしゃるかと気になったもので・・・」


「ああ、そうでしたか。私は地元に戻り、予定通りお店を開きました。先ほどはたまたま施術中のお電話だったので、失礼な会話になってしまいました」


 村上も自分の電話対応について詫びた。


「いいえ、そんなことはありません。実は私も開業し、明日でちょうど1年目なんです。卒業し、業界のことを知りたいということでいったん就職し、その上で開業したものですから川合さんより遅くなり、先日、お祝いのお電話をいただいたという話を妻にしている中で村上さんのことが思い出されたものですから・・・」


 私は村上に電話した経緯について話した。村上にしてもしばらく話をしていなかった私からの突然の電話の理由が分からなかったようだったが、この説明で理解した。


「そうでしたか、開業されましたか。1周年、おめでとうございます」


「ありがとうございます。おかげさまで何とかこぎつけました」


 私は村上のお祝いの言葉に答えた。


「ところで村上さんは今、いかがですか?」


 私はお礼もそこそこに、村上の現在の様子を尋ねた。


 川合の開業については場所が比較的近い分、何となく様子は想像できるが、村上は出身地に戻り開業している。人口10万人くらいと聞いているので、そのような人数のところで仕事としてやっていけるのか、ということが気になっていたのだ。


 本来なら、もっと早くに尋ねておくべきだったが、自分の忙しさにかまけてそういうことを怠っていた。勉強中、仲良くしていてもらっていたのに申し訳ないという気持ちを感じつつ、話を続けた。


「帰られたらすぐにお店を開かれたのですか?」


「いえいえ、そんなことはありません。いくら自分の実家のほうだといってもずいぶん街の様子も変わっているしね。家内ともゆっくり話しながら、場所探しをやりました。何だかんだで店舗探しに1ヶ月くらいかかったかな」


「そうですか。奥様も開業には賛成でした?」


「そのことは東京にいる時から話していたからね。実は前職を辞めた後、何をするかということでいろいろ候補を出したけど、全部首を縦に振らなかった。でも、なぜか整体院に関してはすんなりとOKでした。不思議でしたけどね。でもそれが勉強しようと決心した理由だったから、家内と話すといってもどういうお店にするかということだけでした」


 私は村上が癒しの仕事を始めるにあたって、その理由は知らなかった。今回の電話で初めて聞いたわけだが、そういうことだから勉強中、一生懸命質問したりしていた理由が分かった気がした。


 もちろん、私も自分なりのきちんとした理由はあったが、自分とは異なるところからこの道を志した人がいることを知ることになった。村上夫妻が具体的にどのような話をしていたかは電話ではなかなか聞けないが、2人揃って納得してスタートしたことは理解した。


 そうなると、次は開業時の苦労話を聞きたくなった。


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