神との対話 【人生の幸福について】
巡世 式
幸福な終了
朝は新鮮な肉の詰まった鉄箱も夜は不気味なほど腐りきった肉が所々に点在しているだけで目的地に着けば勝手に止まる。
腐りきった肉である俺は少しでも生気を取り戻す為に自分の居場所を求めて道を行く。
冬の寒さは俺に厳しく、街は最低限の白熱灯だけで照らされて、そこに人の暖かさなんてものは無い。
これは普段通りであり悲しむことでは無いが虚しく思うのは権利としてきっと俺でも持っているはずだ。
まともに回らない頭で苦痛に苛まれる五体を誤魔化すために思考を巡らせてただ歩く。
「あれ、こんなところにホームセンターなんてあったけ?」
声のした方を向くと、二人の若い男と、白熱灯の世界ではなくLEDで照らされた世界があった。
別に用事があった訳でもないが、ただ気分転換とどうしようのない好奇心でそのホームセンターに足を踏み入れてしまった。
店内はひどく明るくさっきまで仄暗い空間に居た身としてはすこし厳しい環境だったが、それ以上に入口にあった品物に興味を惹かれていく。
【丈夫、ほつれない!細口 ロープ】
「…来てよかった」
心の底からそう思った。
*
翌日、ようやく昇り始めた朝日をロープて出来た輪の中からいつもより少し高い見つめる。
「どうせなら最後にお天道様みてからにしたいよな。」
机の上にあるケータイからは上司のものからであろう電話がたくさん来ていて耐えす震えている。
「すー、ふっぅー」
最後の呼吸をして目をつむり輪っかに首をかけ、台座から地面へと体を預ける。
ギュッ ギュッ
という音と共に俺の意識は消え...
「やぁ、こんにちは」
なかった。
目を開けてあたりを見渡せばそこは一面白い正方形の形をした部屋で眼の前にはまた真っ白な机とテーブルと、ヒゲを少し生やした50代ほどのこれまた真っ白な服を着ている男だった。
「あれ、俺は今自殺したのに、もう死んだのか?ということはここはあの世か」
あっけないものだ、そんなに苦しむ事はないとは思っていたが十秒ぐらいは意識があると思っていたのに。
「物分りがいいね、ただ君の推測はほぼ間違っている。」
眼の前の男は少し笑みを浮かべそう答える。
「なにが間違っていると言うんですか。実際問題僕はついさっき確かに首を吊ったはずですが?」
「コホン、確かにそこは正しい。ただそこ以外の2つの要素が間違っているんだよ」
「その2つというと?」
「まずひとつ、君はまだ死んでいない。君の体はもとの部屋のまま、首に体重がかかった瞬間で止まっている。2つ目はそこからわかるようにここはあの世ではない。いうなればカウンセリング室だ。」
「カウンセリング室?」
色々と情報が多い。
死ぬ寸前?あの世でもない?カウンセリング室だ?
どれもこれもやけに現実味を感じてしまうのが気持ち悪さを催してくる。
だがそんな俺の目を真っ直ぐ見ながら、眼の前の老人は至って済まし顔で淡々と言葉を続ける。
「君はきっと様々な疑問と感情を今持っているだろう。だがそんなに気にする必要なない。私は君たちで言うところの神であり、君の常識では測れない世界にいるんだ。考えるだけ無駄じゃないか。そんなことよりも人間として君についての話をしようじゃないか。」
そういって にこっ と笑う男もとい神。
確かにここは常識では測れない空間のようだ。
たとえ自分で生み出した死ぬ前の空想だとしてもそれこそ考えるだけ無駄だ。
ということでここは話に乗ろう。
「俺の話ってなんですか?あなたが神であるのなら知らないことなど無いでしょう」
「神といえどそこまで万能ではないんだ。君の過去なんかは簡単に覗くことができるけど心は違う、心は私達神が君たちに与えたブラックボックス。考えていることを当てるぐらいならできるけど深層意識までは読み切ることは出来なくてね。だからこうして死ぬ前に話を聞くことにしているんだ。」
「なるほど、で話とは?」
「あぁ、言ってなかったね。質問はいくつか有るがまずは手始めに」
そういうと視界が一瞬揺れて脳内に次の言葉が流れてくる。
『人の一生の価値はいつ決まるか。そしてどのような基準か?』
「!?」
音...じゃない、けど意味がわかる。
つまりこれは意味そのものを脳内に流しれているのか!?
「当たり、鋭いね。そうだよこれは意味そのものだ。変に誤解されても困るからね。ただコレは人間業じゃないから君が使うことは出来ないよ」
神なんて半信半疑だったけどどうやら本当らしい。
すべてが規格外だ
「はい、その思考は終わり。私が話したいのはさっきの質問に対する君の返答だ。
ほら君の頭は他の人よりも優れているようだし、もう答えは出たんじゃないかな?」
背筋を正す、俺は想像以上の相手と会話をしているのだ。
「はい、たしかに出ました。」
「ほほう、では聞かせてくれ。『人の一生の価値はいつ決まるか。そしてどのような基準か?』」
「はい、人の一生の価値は死んだとき決まります。そして基準はどれほど後世に貢献したのかです。」
「いいね、
拒否権なんかあってないようなものだ。
「はい、まず人は人生生きている中で少なからず迷惑をかけるもので、それは死ぬ寸前でも変わりませんし、だからその分誰かにそれを返さなければいけないくて、これは俺の親にも、学校でもそう教えられてきましたし俺ははそれに同意出来ますし、そしてその迷惑以上に周りに貢献したのかで人の価値は決まると思います。」
「そんなに緊張しなくてもいいのだけどな、まぁ言ってることは分かった。確かに全体主義である日本人そのものだ。君の両親はさぞ素晴らしい教育を君に与えたのだろうな。」
両親、そういやおいてきちゃったな。
「ありがとうございます。」
「君の言うことは確かにテストでは90点を取れる素晴らしい回答だ。だが私がほしいのはそれではない。君、そのもののが思う君自身の人生の価値はどのようにして決まるのかな?君は根っからの全体主義ではないはずだ。よーく考えてご覧。君はきっと違う回答を見つけ出すだろう。」
「俺自身の思う俺の人生の価値?」
そんなもの考えたこともなかった。
しばらく考えて、おそらく相手が意図していない回答が脳裏をよぎる。
いやいや"これ"はない。だめだ別のを考えよう。
「…別に私はどんな回答だろうが気にしないぞ。今思ったそのまま言えばいい。」
コレ俺がわざわざ喋る必要あるのだろうか。
「もちろんある。さっきも言ったが考えることを当てることは出来ても深く読むことは少なくとも私には出来ない。君の口から言ってもらうことが大事なんだ。」
「なるほど。では俺が今思った、今ほんと一瞬よぎっただけなんですよ?」
「大丈夫だと言っている!私はお前の意見を聞ければいいんだ。」
「あぁ、すみません。簡潔に言うと、俺が思う自分の人生の価値は死ぬ寸前に幸せかどうかだと思います」
「うん、何故か聞こうか」
「だって、自分という究極の一人称の世界では命という電源が切れる直前の感情がすべてじゃないですか。だったらその時が自分の人生の価値を決定づけると思うんです」
「なるほど!つまりお前の国の諺である【終わり良ければ全て良し】というやつだな。」
「はい」
「なるほど、なるほど。良い答えだ。私はその回答が欲しかった!お前はテストで100点を取れる回答をその頭で導き出した!」
思わぬ好反応に少し驚いたが、すこし鼻が高くなるのを感じた。
「いやいや、そちらかたくさんヒントを出してくれましたから」
「はは、いいように言いよる!
いいだろう。ここでの会話は終わりお前を元の場所に戻そう。だがその前にいい情 報を教えてやる。」
「いい情報?」
「あぁ、お前が上司からの電話だと思っているのはお前の連絡の少なさを心配した母親からの電話だ。出れるなら出てやるといい。」
「へー」
そうだった、俺には母さんが居た。まだ居場所はあったんだ。
「あまり驚いてなさそうだな。まぁいい、今からお前をもとに戻す。いいな?」
「はい、ありがとうごさいました。自分の人生を見直す事ができました」
「そうかそうか、私もこれからおもしろいモノが見れそうで楽しみだよ」
「そうですか、それは良かったです。」
和やかな雰囲気の中自分の体が白く発光し、半透明になっていく。
ん?
何かが引っかかる
神は俺の『俺自身の思う俺の人生の価値』の回答を聞いたとき、その回答を待っていたと言った。だが最初神はあくまでも俺の生み出す回答に興味があったのであって理想の回答を求めていたはずではなかったはず…。
半透明になっていく目で神と最後に目を合わせる。
「えっ?」
思わず声が漏れてしまった。
なぜかってその顔はさっきまでの老人の顔ではない。
まるで悪魔いや、悪魔そのもののわらい顔だったのだ。
『世界のありとあらゆる宗教は自殺をタブーとしている。』
体が完全に透明になる瞬間、その意味だけが脳内に流れ込んできた。
ガタンッ!
台座がどこかへと飛ぶ音と共にものすごい圧迫感が首を締め付ける。
カヒュ...カヒュー!
空気が上手く喉を通らず変な音が口から出る。
苦しい、死ぬ…!
必死に首に有るロープに手を回すが力が出ない。
プルルルル プルルルル
電話の音が聞こえる。
母さん!母さん!
嫌だ!死にたくない死にたくない!
助けて、母さん!父さん!
嫌だ!嫌だ!嫌だ!俺には帰る場所が…
人間は死んだとき最後まで機能している器官は耳だという。
きっとこの物語の主人公も選択を間違えなければ最後悲しむ人の暖かに触れて死ぬことが出来ただろうに…
なんの因果かな、彼が最後に聞いたのは誰からかかってきたかもわからない電子音でけだったのさ。
めでたしめでたし
神との対話 【人生の幸福について】 巡世 式 @meguseshiki
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