第31話 姫が消えた ④ 蓬々の家の璃音姫Side 

「で、美梨さまの仰りたいことは何でございましょう?」



 風が気持ちの良い日だ。

 陽が暖かく御咲ごさきの国を照らし、春の兆しがあちこちに芽吹いている。


 碁盤の目のように整然と立ち並ぶ家々の光景が地平線のはるか彼方までどこまでも広がる様子に私は目を凝らした。



 御咲ごさきの国は広大だ。


 この全てをまとめる頂点に立つのが皇帝であり、62家の領地でしめられている。家の全てが表向きは皇帝への変わらぬ忠誠を誓っている。



 今回、鷹宮の妃候補として入内した姫の家は32家だ。私が姫として生まれた蓬々の家も含めて、やがて宮廷で確固たる基盤を固めたいと野心を抱く家ばかりだ。



 鷹宮は凄まじい人気を誇る。何せあの美貌だ。我が国始まって以来の美貌と騒がれ、鷹宮にときめかない女人はいないと聞く。男であっても惚れ惚れするような美貌だ。



 私が鷹宮の妃になったとしても、夜を共にはできない。親友としてそばにいることができるだけだ。


 だが、私の心の中にいる花蓮のそばにいて、2人を助けることができる。



 風がそよぎ、隣の姫のストールがふわりと舞い、微かな香りが漂った。



 何の香りだろう?


 風はさらに強めに吹き、前宮の天守閣にいる私と茉莉まあり姫の髪をふわりと靡かせた。


 冥々の家は懐状況がかなり厳しいと聞くのに、金千両を出しても買えないような琴を茉莉まあり姫は持つ。



 姫自身はお家の苦しい事情を誰にも語らない。だが、昨日、私は確かに羅国の砂漠で、選抜の儀2位の姫と鷹宮の仲を薬を使ってでも取り持つ計画を強要された。20位の柳々の家の翠蘭すいらん姫もだ。


 今日私は、同じ青桃菊棟に部屋がある冥々の茉莉まあり姫が実際に計画を主導しているのかをどうしても知りたかった。


 だから、美梨の君として茉莉まあり姫を誘ってここまで来たのだ。侍女の雨明うめいはもっと離れた場所で見守っている。



 ふうっ……。


 ため息が出る。

 なんと大それたことをやろうと企むのだろう……。鷹宮と既成事実を無理やり作るなど、浅はかすぎる。


 鷹宮は皇子だぞ?

 皇子でなくてもダメだ。

 いや、皇子だからか?


 だからって全然ダメだろう……。



「羅国と手を組んだな」



 私が小さな声でささやくと、茉莉まあり姫は目を見張った。



 その瞬間、私には分かってしまった。


 茉莉まあり姫本人がやってしまっている!



「そ……それは……」

「鷹宮にも、花蓮にもバレた。俺が協力しないと言って抵抗したら、2人が俺を助けに来たんだ」



 茉莉まあり姫の顔が一瞬で能面のような表情になった。



「お気の毒」



 将来の陛下の腹心となるか、妃となるか?


 この瞬間には、はっきりと私の心は決まった。

 

 そのどっちもだ!


 私の進むべき道はそこに厳然とあり、私にはようやくはっきりと見えた。



「事態をお分かりにならないようね。御咲の国にはたくさんの宝器があるわ」


 冷たい声で茉莉まあり姫は言った。


 私はハッとして彼女の顔を見た。

 

 万霊を掌握すると言われる竜使いは、花蓮だ。だが、私と鷹宮以外は知らない。



「次の手が発動されるだけよ」



 私は天守閣からいきなり突き落とされた。冥々の家の侍女の雨明うめいが飛びかかってきて私を勢いよく欄干から突き落としたのだ。



 咄嗟に欄干をつかんだ私の手を茉莉まあり姫の白魚のような美しい手が、無理やり引き離した。彼女は笑っていた。



「ふふっ」



 艶やかな笑顔を浮かべて茉莉まあり姫が私の手をむしり取るようにして欄干から引き離したのだ。


 

 うわっ!!


 私は一気に高い天守閣から空に放り出された。碁盤の目のように広がる広大な御咲の家々を見る余裕はまったくなかった。


 ものすごい勢いで体が落下して行く。



 美しさと気立の塩梅が丁度良いなんて、真っ赤な嘘だ!


 冥々の姫の精神は病んでいる!


 

 私ははっきりと悟った。



 嘘でしょう……!?


 私の命はここまでなの!?


 長年かけて私が鷹宮の親友として、花蓮を想う日々は全て泡と消え去るのね……。


 今、私の進むべき道がはっきり見えたのに、私は無惨にここで命の火を消してしまう……。



 私は落ちながら泣いた。

 悔しかった。



 そこまでの性悪だとは、冥々の家の茉莉まあり姫のことを思わなかった。



 私は完全に見誤ったのだ……。



 その瞬間、袂から転がり落ちた青い護符が目の前にふわりと浮いてきた。私はそれを掴み、思わず念じた。



 花蓮、覚醒できる?


 無理か……。



 ものすごい勢いで地面が私に近づいて来て、みっともなく泣きながら私は衝撃に備えて目をつぶった。



 目の前が真っ暗になった。



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