【短編】魔法少女は辞められない〜爪先の代償〜

水定ゆう

第1話 田中の爪先1

 田中はこのところツイいていなかった。

 ただ運が無いとか、そんな訳じゃない。

 もっと単純な話で、ここ数日、毎日チクチクとした苦痛を浴びていた。


「ううっ……痛てぇ」


 田中は毎日のように爪先を押さえていた。

 小指とかのレベルじゃない。

 指全体を押さえるレベルだ。


「田中、お前なにやってんだよ?」


 友達の佐藤から唖然とされていた。

 何せ三十メートル前に爪先をぶつけた筈が、また爪先をぶつけている。


 不注意のレベルじゃない。

 物の方から宿命レベルで田中の爪先を激痛に招く。

 田中は毎日のように地獄の日々を送っていた。


「なんだ、なんだ? 田中、お前そんなだったか?」

「うーん、こんなに爪先ばっかりぶつけるなんてこと、他に無かったと思うけどな?」

「だよな。陸上部のお前が、一番大事にしている筈の足を怪我するなんて、普通無いだろ?」


 田中は陸上部だ。しかも短距離の選手だ。

 足は誰よりも気にしている。

 何せ、足は短距離走の選手にとっては命だ。


「くぅ~、痛てぇ」


 田中は涙目になっていた。

 完全に不運の坩堝に嵌っている。

 そんな現実に打ちひしがれると、佐藤に憐れまれる。


「そう言えば、お前の所の部員、最近足怪我しすぎじゃないか?」

「えっ、ああ、確かにそうかもな」


 田中達の通う高校の陸上部は実は強い。

 県ベスト4は当たり前。全国も狙えるレベルだ。

 けれどここ最近は違う。この間の大会もそうだったけど、陸上部の主要メンバー、特に走る系の選手ばかりが足を怪我していた。


 長距離走担当の五十嵐は太腿をやり、ハードル層の飛高は大腿骨をやり、田中と同じ女子短距離走の瀬名は足の甲を火傷した。

 如何してここまで陸上部ばかり。

 そう思っても不思議ではなく、他校の嫌がらせ、もしくは呪い? バカバカしいが、そんな風に思っていた。


「マジで痛いぜ」

「はいはい。とっとと行くぞ」

「ちょ、待ってくれよ!」


 佐藤は無視して歩き出した。

 田中は急いで追いかけるも、またしても爪先に激痛が走る。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 今度は電柱に足をぶつけた。

 上手く躱したはずなのに、何故か足が電柱に向いていた。

 そのせいか爪先を痛めてしまう。これで中指も終わった。


「くっ、なんでこんなことに……」


 田中は涙目になり、背中が丸くなっている。

 そんな田中を憐れんだのか、佐藤が声を掛ける。


「はぁ、なにやってんだよ」

「溜息付くなよ」

「いや、付くだろ。お前等が活躍してくれないと、俺達が困るんだぞ」


 佐藤は項垂れてしまった。

 らしくない田中に嫌気が差してしまう。

 すると不満が膨れ上がったからか、田中はぼんやり呟く。


「お前が走ればいいだろ」

「はっ?」

「お前は俺達の中で一番背が高いんだ。それなのになんで走らないんだよ!」


 佐藤は二メートル近くもある恵まれた体格をしていた。

 しかしここ一年間、まともに走っていない。

 だからこそ、怪我をした自分に腹を立て、佐藤を相手に不満を吐き出していた。


「お前が言うのかよ」

「あっ……」

「お前らのせいで、俺は走れなくなったんだぞ?」


 そうだ。忘れていた。田中は忘れようとしていた。

 一年前、佐藤は陸上部のエースだった。

 けれど練習の時、田中達のせいで怪我をしてしまい、足を痛めてしまった。

 それ以来上手く走れなくなってしまい、今では掃除係になっている。


「いや、今のは……」


 田中も言い過ぎてしまったと気が付く。

 けれど言った言葉は取り返しが付かない。

 砂糖の気持ちを考えていなかったと悟り、目を見て話せなくなるが、佐藤は気にしない素振りを見せた。


「本当お前、お祓いでもして貰ったらどうだ?」

「お祓い?」

「おうよ。前にうちの高校の奴が言ってたぜ。魔法少女に祓って貰ったってな」

「な、なんだよそれ」


 あまりにもバカ気ている。

 冗談もきついなと田中は思った。

 けれど今は藁にもすがりたい思いだ。普段なら決して耳を傾けないで、面白おかしくあしらうのだが、何故だか今回は信じたい気持ちになっていた。

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