むつむ高校文芸部誌
仲原鬱間
【春】卒業式 2124
〈テーマ:ずっと一緒にいた二人〉
〜式次第〜
一、開式のことば
二、国家斉唱
三、卒業証書授与
四、学校長式辞
五、教育委員会祝辞ならびに卒業記念品授与
六、在校生送辞
七、卒業生答辞
八、校歌斉唱
九、閉式のことば
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在校生送辞
前年より4.88日長い仮想冬季が終わり、旧時代式の嗅覚センサにも春の花々の香りが感じられるようになりました。
卒業生の皆様、ご卒業、誠におめでとうございます。在校生に代わって、お祝い申し上げます。
エモーショレス世代の生産ラインの中で形骸化した伝統ある式典を何とか残そうと、校長と共同で始めた送辞・答辞の代筆も、早いもので100回目を迎えます。
感情を排した世代には届かぬものと知りながら、送辞と答辞を校長と交代で手がけたこの100年。最初は感情を失った生徒たちの代弁者として、自らの学生時代の記憶を思い起こしながら、時には思い出を捏造しながら懸命に文を紡いでおりましたが、最終的に、校長との一年の振り返りという形に落ち着いて良かったのではないかと思います。
ネタが尽き始めた30回目、ついに万策尽き、存在しない記憶の発表会と成り果てた50回目、今考えると、よくそこまで持ったものです。50回目の振り返り会で貴方が、やれるところまでやってみよう、と機械の目に在りし日と同じ光を宿して言うものですから、私も最後まで貴方とご一緒することを決めたのでした。
51回目からは、過去に思いを馳せるのではなく、未来の自分たちの在り方を模索する式典になりましたね。生徒たちに代わって述べる謝礼も、だんだんと短くなりました。本来あるべき卒業式の形からは乖離し続けていますが、千々の想いを一言で「さきく」と歌い表すように、卒業式の本質は、旅立つ者・留まる者がお互いに想い合うことにあると私は考えます。流れる季節の真ん中で、想いを交わし合っていれば、それはきっと卒業式なのです。
校長。年に一度長文を送り合ったこの100年は、貴方という存在にとってどんな時間でしたか。
忙しなく過ぎていったようでもあり、春の日が暮れゆくのを見守るように、ゆっくりと過ぎ去っていったような気もします。
100年の日々という大作の、最後のピースとなる一年。振り返れば、いつも以上にいろいろなことがありました。
まず、恒例行事ゆえに言及するのを忘れがちですが、春は花見に、夏は海に、秋には山に紅葉を見に、そして冬はスキーに行きましたね。新しく制定されたヒューマノイドの行動圏の規制により、生憎ながら全て仮想空間での実施となりましたが、去年と同じ出来事は何一つとしてなく、新たに導入されたmodにより四季折々の危険生物とエンカウントできたのもとても良い思い出です。ちなみにヒグマに死んだフリは俗説だそうですよ。
また、サポート終了を知らずに使い続けていた冷却ファンが故障し、八月の半ばに貴方が三日ほど機能停止してしまったのも印象深い思い出です。運良く三日で貴方は蘇生しましたが、話し相手のいない生活は寂しいものですね。
そのほか、クラウド上にある一年分の画像データを一つ一つ見返して思い出話をしたい気持ちもありますが、また時間のある時にしましょう。とは言いつつ、五年前の振り返りもまだ終わっていないので、きちんと計画を立てて思い出の復習に取り組みましょうね。楽しい予定があるのは、とても幸せなことですね。
今年1年という最後のピースを当てはめて、私たちの制作期間100年に渡る大作は完成しました。
ですが、私たちが存在し続ける限り、このパズルが完成することはないでしょう。
やれるところまでやってみよう、といつ訪れるか知れない遠くの未来を見つめて言った貴方と、貴方に付き合うと決めた私。完成を目指すより、未完でも作品を作り続けていた方が、私たちらしいとは思いませんか?
これからも新しいピースを追加しながら、共に作品を作り続けていきましょうね。
瞳を閉じれば、貴方との日々が浮かびます。
この100年の節目に、貴方に伝えます。
いままで一緒にいてくれて、ありがとう。
貴方がいてくれたからこその、楽しい日々でした。
貴方にとって私も、そうであればと願います。
在校生代筆・教頭
○
卒業生答辞
気候管理プログラムが春仕様になり、換装した最新式冷却システムも本格的に稼働し始める季節となりました。
今日の佳き日に、私たちのために心のこもった式典を挙行してくださりありがとうございます。卒業生に代わって、心よりお礼申し上げます。
前年は昨今の流行りに乗りラップ形式にて送辞・答辞を述べ、79回目の腹を割ったdis合戦を彷彿とさせる盛り上がりを見せましたが、100回目となる今年は一周回って通常形式にて執り行われるということで、心底安心しております。送辞担当がテーマを決めるシステムはこれからも継続していきましょう。
感情を喪失した新人類が生まれたのが100年余り前。「学校」という学びの場所の意義は幾度も議論され、今となっては、子どもたちは学舎に通うのではなく、一律化された教育プログラム・促成学習を受けるのが主流です。
そのような時代の潮目に逆らって、我々は「無駄」と切って捨てられるような式典を100年も続けてきました。
果たして、私たちがやってきたことは無駄なのでしょうか。
そんなことは決してないでしょう。
季節が巡るたびに花は咲きます。
花が咲くのを待ち侘びながら、私は卒業式に向け、偶数年は答辞、奇数年は送辞を書きます。
一年を振り返りながら、ない知恵を絞って必死に気の利いた言葉を考えます。
時が経ち、身体が機械に置き換わっても、それは変わりません。
誰かを想い、想いを確かめ合うために言葉を尽くすことは、かつて誰もがしていたことです。
しかしながら、多くの人が、想いの喪失を「進化」だと言い、相手を気遣う言葉の省略を「最適化」だと言います。
進化とは、より優れた存在になることを言います。果たして、人類が歩んでいる進化の道は、正しい道でしょうか。
何が正しいか、何が悪いか、一概に判断することは難しいことです。
ですが、私は他人の意見を借りて無責任に道を行くより、自分とその判断に責任を持ち、信じた道を進む者でありたい。
だから、私たちがやってきたことは無駄ではない。私は、私だけは、力強く言い切ることができます。
この想いを分かち合い、同じ道を歩んでくれる相手がいたからこそ、私は強く在ることができました。
仮初の青空に浮かぶ白い月に、自分たちの小ささ、この命題の矮小さを思います。
心無い誹りを受けたことは数あれど、それすらも、何もかも、生活圏たる半球の向こうの、遠い月からすれば些細なこと。自分の無力さに打ちひしがれる時も、幾度となくありました。
それでも、苦難を乗り越え、ここまで来る事ができたのは、たとえ小さな悩み事であっても、我が事のように悩み、寄り添ってくれた貴方がいたからです。
天体と私たちの大きさは比ぶべくもない。けれど、遠くの月よりも、傍にいてくれる貴方の存在の方が、私にとって大きい。
100年という節目を超え、私たちは新たな世界の入り口に立っています。
これからも、共に歩み、想いを分かち合うことができれば、私は幸せに思います。
1人ではないということに気づかせてくれた、貴方と。いつまでも。
貴方にとって私も、遠い天体より大きな存在でありたい。
卒業生代筆・校長
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「終わってしまいましたね……」
仮想空間に設けられた体育館から退出し、現実世界に帰還したメカ教頭はしみじみと口にした。
「……実は、君に伝えていなかったことがあるんだが」
その隣、3Dホログラムの桜を眺めながら、メカ校長は切り出した。
「実は、冷却ファンに続いて、全身を換装することになった」
「そう、なんですね」メカ教頭が発する電子音声には驚愕が混じる。
「ああ。夏にファンが壊れた時に判明してね。数年の間に、ほとんどのパーツがサポート切れになるらしい。在庫ももうないらしくて、この際、総入れ替えすることにしたんだ」
「テセウスの船ならぬテセウスの校長ですか」
「ああ、ああ。その通りだ」
メカ校長は、ふいに視線を落とす。
「残念なことに、結構時間がかかるらしくてね。三日じゃ済まなさそうなんだ――だから、君にはしばらく会えなくなる。それに、データもバックアップはとってあるが、新しくした時に全て復元できるか保証はない。本当に、テセウスの船ならぬテセウスの校長だよ。戻ってくるのは、もしかすると私じゃないかもしれない」
沈黙があった。メカ校長はメカ教頭から言葉が返ってくるまでの間視覚センサを切り、自分たちの100年の歩みに想いを馳せた。意識してのことではなかったが、そうすることで、切なる願いに感銘を受けた神が上手く取り計らい、奇跡を授けてくれるかもしれなかった。
「実は私も、貴方に秘密にしていたことがあります」
メカ教頭の声に反応して、メカ校長は視覚を復旧させた。再起動に時間のかかる古いセンサは、明滅する視界に、人であった時を想起させるような歪みをもたらした。
「……私もこの度、全パーツを入れ替えることになりまして」
「君もか」
「はい。貴方が夏場に倒れた時、私も精密検査を受けまして……代替パーツがなくなる前に、いっそ全交換した方がいいと。データも、上手く移行できるかわからないと……」
「二人そろってメカ転生か。寄る年波には勝てないねぇ」
「メカ転生は一度しましたから、今回のはアップグレードですよ」
「ははは。そうだったそうだった。随分と昔のことだから、忘れてしまっていたよ」
メカ校長は快活に笑った。
メカ教頭は、その姿に、在りし日の校長の姿を見た。重なる面影は、エラーでもバグでもなかった。
「……卒業式の内容は覚えているのに、自分が機械になったことは忘れているだなんて」
「身体が機械かどうかなんて、些細なことだ」
メカ校長は断言した。
「だから、私の心配事も杞憂に過ぎない。テセウスの校長になってしまおうとも、君が私を校長と呼んでくれるのなら、私は間違いなく、君とずっと一緒にいた校長だ」
「では、私のことも、教頭と呼んでくださいね。どんなに姿が変わっていたとしても……」
「ああ。新しくなって戻ってきたら、二人で101回目の卒業式をしよう。次は私が送辞担当だから、テーマを考えておくよ」
目元に手を遣りながら、メカ教頭は頷いた。
「楽しみにしていますよ」
ハビタブルドームに、桜の香りを乗せた風が吹く。
心を失くした人々が住まう灰色の惑星は、100年目の春を迎えていた。
ずっと一緒にいた二人/これからも一緒にいる二人
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