ホムンクルス

幣田 灯優

前編

 カツン、カツンと鳴り響く足音でオレは目を覚ました。

壊れかけでチカチカと点滅する電灯を頼りに音の在り処を暗闇から探る。

「714番、エヴォ」

足音はオレの牢の前でとまり、暗闇から俺の名前を呼ぶ声がした。

だんだん目が慣れてきて声の主の大福のような白くて丸い姿が目に映る。

「出ろ。お前にチャンスをやろう」

オレは牢の中でも立ち上がれるように、少し小さい姿に変形した。



 ーー「こちら天崎、現在逃走中の容疑者を追跡中です!」

「了解。すぐに本宮巡査部長が合流する。そのまま追い続けろ」

「了解!」

私は走りながら司令室からの通信を聞き、遠くに見える容疑者の姿を追った。

容疑者は入り組んだ路地の方へと逃げていった。

容疑者は凶器を所持している。一般人に危害を加える前に捕らえなければ。

「天崎!」

声のする方を見ると、私の少し後ろから巡査部長が走って来るのが見えた。

「巡査部長!現在、容疑者を追跡中です!」

「ああ、さっき通信で聞いた。殺人を犯そうとしたんだ。逃がす訳には行かない。必ず捕らえるぞ」

「はい!」

私達は話しながら狭い路地に走り込んだ。

狭く入り組んだ路地に入ってすぐ、分かれ道が見えてきた。

容疑者がどちらへ逃げたのかはここからでは見えなかったが問題はなかった。

「どっちに逃げたか分かるか?」

「安心してください。ここは何度も巡回してますから!逃走の際にいつもこの路地を使うあいつなら、きっと最短ルートを通るに違いないです!」

そう言いながら、自ら歩いて記録した路地の地図を思い浮かべた。

「だからここは……左!」

「っ!」

私は分かれ道を左にほぼ直角に曲がった。

その先はまた分かれ道だった。

「次は!?」

既にそこそこの距離を全力疾走しているからか、巡査部長は少し息切れしながら私に尋ねた。

「右です!」

今度は巡査部長も私のすぐ横で直角に曲がった。

しかし、

「あ!すみません!間違えました!」

私は急停止して反対方向に走り出した。

「は!?おい、まっ…!!」

巡査部長の声が聞こえたが気にせず走り続けた。

その後も

「ここは右…じゃなくて左!」

分かれ道が続き

「あれ?ここさっき通ったような?」

私は記憶通りに走り続けた。

「行き止まり!?やっぱあそこ左だったか…!」


 いつの間にか1人で走っていた。

少し開けたところに出ると、向こうから走ってくる容疑者の姿が見えた。

「! 見つけたぞ!」

「なっ…!先回り…!?」

ルート通りに来れたのかは分からないが結果的に上手くいったようだ。

「こちら天崎!容疑者を追い詰めました、これから確保を図ります!」

容疑者と睨み合いながら無線で通信した。

「了解。容疑者は凶器を所持している上、何度も犯行、逃走を繰り返している。今回は発砲を許可する。くれぐれも慎重に行動せよ」

「!! …了解!!」

ここで逃がす訳にはいかない。

「クソ…!どけぇ!!」

容疑者はナイフを握り私の元へ駆けてきた。

「っ!!」

私はホルダーから拳銃を取り出し容疑者に向けて引き金を引いた。



 「…逃がした?」

「はい、逃がしました!」

警部が目を丸くして私に聞き直した。

「……」

「……」

場が沈黙に包まれた。

「あれ、なんか結構追い詰めてた感じじゃなかった?」

「はい!容疑者に逃げ場はありませんでした!」

「……それに、発砲も許可したよな?何故撃たなかった?」

「いえ!撃ちました!5発撃ちました!」

「……」

「……」

また、場が沈黙してしまった。

「…つ、次こそは必ず捕らえてみせます!」

私は、警部の見たことの無い表情に怯え、震える手で敬礼をした。



 公園のベンチに座ってため息をつく。

すぐ前の砂場では小さな子がお母さんと一緒にお城を作っていた。

どう見てもその辺の公園の砂場で作るべきじゃないほどに上手なお城に一瞬目を奪われたが、すぐに負の感情が押し寄せてきた。

警察官になってもう1年近く経つというのに、未だこれといった成功をしたことが無い気がする。

ついさっきも銃弾は全て外したし、前に起きたコンビニ強盗もドアに制服が引っ掛かって逃がしたし、最寄りの駅までのまともな道案内も出来なかったし、何ヶ月も前に依頼された迷子猫の捜索は現在も続いている。

こうも失敗続きだと、なんのために警察官になったのかを忘れてしまう。


 『もうこんな風に生きていくのは嫌なの!』

『落ち着いて。お母さんはあなたのために…』

『その”お母さん”って言うのもやめて!本当の親でもないくせに!』


 故郷を離れた日のことが甦る。

最近よく思い出すなぁ…

……いや、いくら上手くいかないからってあそこでの生活よりはこっちの方が全然マシだ。

戻ろうと思って立ち上がって前を向いた瞬間、逆さまになった男の人と目があった。

その整った顔と綺麗な髪は、以前どこかで見かけたような気も、初めて見たような気もした。

男の人は親子が作っていた砂のお城に落下した。

「キャーーッ!!」

悲鳴が聞こえてハッと我に返った。

一瞬の出来事なのに何故かとても長く感じた。

…え、今人が落ちて来なかった?

そうだ、何故か冷静でいたけどとんでもないことが起きたんだ。

気づいてから急に汗が出てきた。

さっきの親子は、混乱しながら公園の外へと逃げていった。

私は突っ立ったまま周りを見渡す。

飛び降りかと思ったが近くにそんな高い建物はない。

まさか、と私は空を見上げた。

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