第5話 ホーク
人がいないだけで、街並みは現実と変わらないみたいだと思っていたが、急に視界が広がる。
建物がほぼ無くなって、瓦礫と化しているのだ。かろうじて残った建物は原型を留めておらず、一階部分と柱などが残っているだけだ。まるで、空襲にでもあったみたいに。
うわぁ、いやな感じだなぁ、家からここまではいつもの街並みだったのに、どういうことだろう?戦争とか起きたらこんな感じになるのだろうか?まあ、夢だから何でもありだよな。
荒廃した景色の先の方には、薄黒い高い塔のような建物が見える。
現実の街には、あんな高い塔無かったよな。試しに、あそこに行ってみようか。
しかし、いくら夢でも、この風景は不安になるよな。歩いてる道は、いつもの通学路だし……。
塔の輪郭がハッキリとした所まで歩いて来て気付く。
あれ学校だ。あの塔、校舎から伸びてる!
なんと、あの黒くて高い塔は、自分の通う学校の校舎を貫くように伸びている。
ただ、校舎自体に損傷は無いように見える。アンバランスに高い塔が屋上に付け足された感じだ。感覚的なものだが、高さは東京タワーぐらいある気がする。
「オイッ!何してる。コッチに来い!」
急に男の声がして驚く。見ると、半壊した建物の影から男が顔をのぞかせている。
「エッ?!ちょ、だ、誰?」
私が戸惑っていると、男は更に声をかける。
「いいから早く隠れろ!見つかるぞ」
必死に私の事を気遣っているようだ。騙そうとしているようには見えない。
私は男が隠れている、その玄関のドアが外れた建物まで行き、男とはドアがあったであろう隙間を挟んで、同じ様に身を潜めた。
ジッと男を見る。フードを被った、痩せ型の男だ。年齢は20代後半ぐらいだろうか。砂埃で汚れたフード付きのコートに身を包んでいるが、その下には黒いスーツを着て、赤いネクタイまで締めている。
「おい、そんなに睨むなよ。悪意は無い」
男は落ち着いた低い渋めの声で話しかける。
いや、睨んだつもりでは無かったんだけど。
「誰に見つかるっていうの?それに、あ、あなたは、誰ですか?」
知らない人と話すのは、ちょっと緊張してしまう。
「あぁ、すまない。俺は、長い事ここに住んでるもんだ。名前は……ホークとでも呼んでくれ」
ホーク?あ、怪しい……ちょっと痛い人か?
「おい、何か疑ってるな?ほら、あそこを見てみな。顔を出すなよ」
ホークと名乗る男は空を指差す。
えっ、上?私はそっと隙間から上空を見上げる。
「あっ!人?人が浮いてる!」
なんと、空に派手な着物のような服を着た女がいて、空中を歩いているように見える。しかも、片手に妙に長い槍のような物を持っている。
ん?よく見ると、あの鋭い目をした女は……。
「四天王の
思わず声を上げると、ホークは身を屈める。
「シーッ、コラ!大きな声を出すな。あいつは危険な奴だ。あの長い槍を上から投げ降ろしてくるんだからな。さっきも女の子が一人貫かれて犠牲になったよ」
「えっ!それって殺人って事!?何でそんな……って言うか、これ私の夢だよね?」
ホークは私の発言に、少し困ったような顔をする。
「まぁ、君の夢なのは間違いじゃないが、俺の夢でもある。そして空を歩いている彼女の夢でもある」
「はぁ!?それって3人とも同じ夢を見てるって事!?」
私は驚いて聞き返すと、ホークは落ち着いた口調で言う。
「3人とも同じというのは少し違う。この世界にいる全員が同じ夢を見ているんだ」
えっ!?ちょっと理解が追いつかない。全員が同じ夢?
「地球にいる全員が、この夢の世界にいるって事?」
「いや、そこまで大がかりじゃない。特定の範囲の人々。例えば1クラス分とかな」
1クラス……あっ!だからここで見かけた人達は、同じクラスの奴らなのか。昨日喰われた齋藤。バイクを吹かしてた、鬼頭と中条。そして優雅に空を歩いてやがる東翔宮 凛……。
「って、さっき女の子が犠牲になったとか言ってた?それも、同じクラスの子なの?」
「いや、誰かは知らない。それに殺されたのは一人じゃないかもな。女の子を貫いた槍は消えて、空にいるあいつの手元にいつの間にか戻っていた。何か慣れた感じだったよ」
ホークは呆れたように首を振る。
「な、何でそんな事するんだろ、つーか、空飛んで槍投げるとか、どうして出来るわけ!?」
私の言葉を聞いたホークは鼻で笑って言った。
「だって、ここは夢の世界だから。自分が思った事を実現できる」
「えっ?あー夢、夢ね!夢なら何してもいいか」
そう、これは夢なんだ。目が覚めれば、いつもの生活に戻る。
「ただ……」
ホークは顔を曇らせる。
「えっ、何?ただ、何だって」
「……ここで死ぬと現実に影響が出る。死にはしないけど、生気が無くなり、無気力になって、感情も無くなるようだ」
「え〜!?ダメじゃん、そんなの!夢が現実に影響するなんて、そんな……あっ!」
思い出した、イグアナに喰われた齋藤の事。それに似たように元気が無くて、体育を休んだ人があと2人いたな。
「どうやら、心当たりがあるようだな」
ホークは私の様子を伺う。
「あるよ、ある!そういう事!?ヤバいじゃんそんなの!」
「シーッ、だから、大声を出すなって……」
私は空を歩く東翔宮が見えなくなるまで待ってから改めてホークに声を掛ける。
「さっき、夢だから思った事を実現出来るとか言ってたっけ?」
「まぁ、そんな感じだ」
「だったら私も空を飛べるってこと?」
「可能性はある。ただ、自分自身がそれを信じられないと実現できない」
「逆に、自分が出来ると信じられれば何でも出来るってこと?」
「理論上はそうだな。でも、信じきれない事をやろうとして、自分に悪影響を及ぼす事もあるようだ」
「えっ、どういう事?」
「物凄い速さで走れると想像して足が千切れるとか、火を出そうとして自分が燃えてしまうとか……」
「怖っ!そんなのを見てきたってこと?」
「あぁ、結構長くこの世界にいるからな……」
じゃあ、自由に空を歩いてる東翔宮は、かなりの精神力って事?よっぽど自分に自信があるのか……まぁ、普段の態度からすると、あるかもしれないな。たしか、父親が地元の建設会社の社長だとか聞いたことがある。金持ちだから一般人とか見下してそうだし。
「わ、私も飛ぼうと思ったら飛べるのかな?集中力は結構ある方だと思うんだ。自分に自信があるかは、まぁ微妙だけど……」
「うん、可能性はあるけどな。因みにそういう現実離れした特殊な能力は、1人1能力だけだ」
「えっ、1能力限定?夢なのに?」
「あぁ、夢の中にもルールがあるんだ。自分だけの夢じゃないからかもな……もしかして、もう能力を持ってるんじゃないか?」
「な、何でそう思うの?」
「いや、そのマスクがな。能力に目覚めてる奴は、姿もそいつの思い通りになるみたいなんだ」
自分じゃ見えないから忘れてた。見つかりたくないって思ってから、変なマスクが付いたんだ。でも、私の能力ってもしかして……。
私は立ち上がり、右手を振ってみた。
「ズギャンッ!」と鋭い音がして拳から剣が伸びる。
「うわぁ!」それを見たホークが驚いて尻餅をつく。
「お前、やはり能力持ちだったか」
ホークがズボンに付いた土埃を払いながら言う。
「いやぁ、能力っつってもね〜。私これだけなのかな?空飛ぶのとかなり違うけど……そういえば、アイツは空歩くだけじゃなくて槍持ってたじゃん。能力2つじゃないの?」
「確かにな、でもアイツの中では、空を歩くのと槍はセットなんだろう。そう思い込んでいればそうなる」
「え〜、緩いルールだなぁ!思い込んだもの勝ちかー」
これは、かなり納得がいかない。私は剣一本だけだ。まぁ、かなり切れ味が良さそうではあるが。
「出し入れ自由の剣なんて、良い方じゃないか?俺なんてなんの能力も無いんだから。この無法地帯を生き残る助けになるよ」
「えっ、あんた何も無いの?長くここにいるような事言ってたけど」
「あぁ、だからこうしてコソコソ隠れてるんだ。能力の発現もそいつの才能なんだろうな」
ホークは虚しそうに薄く笑う。
「こんな所にずっと隠れながら生きてるの?そういえば、私の家の方は現実と変わらなかったのに、何でここら辺は廃墟みたいになってんだろう?あと、学校から変な塔が伸びてるし……」
「うん、服装が自分の意志で変わるように、周囲の環境も影響を受けるようなんだ。だからこの廃墟は破壊的思考を持った奴……恐らく、さっきの空にいた女の影響だろう。学校も別の誰かの意思でそうなったんじゃないか?」
「マジかよー!怖すぎでしょ。風景まで変わるとか、しかも、こんなボロボロの街を望んでるって事!?」
何なの、家が建設会社だから、また建て直して儲けようとでも思ってるのか?
つーか、そんな事はどうでもいい。そもそもこんな夢を終わりにしたい。一刻も早く、こんな危険な場所から立ち去りたい。
「あの、ところで、この夢どうやったら覚めるの?それで、二度と見たくないんだけど」
ホークはニヤリと笑って答える。
「フッ、現実で目が覚めれば、夢からは出られるよ。あと、二度と見たくないんだったら、夢の中で死ねばいい」
「そんな、ここで死んだら、現実でも死人みたいになるんでしょ!それじゃ駄目なんだけど」
「じゃあ、覚悟を決めるしかない。一度この夢を見たら、他の夢を見ることは無い」
私は一瞬耳を疑った。
「えっ、今なんて言った!もしかして、ずっと毎晩この夢を見続けるってこと!?」
「あぁ、残念だが、その通りだ」
そう言ってホークは視線を外す。
確かに、昨日も一昨日も、この夢だったけど、一生このまま?地獄じゃん!
しかし、このホークって人、凄い詳しいけど、一体いつからこの夢を見てるんだろう?頭おかしくなりそう。
あー、なんか絶望したら、眠くなってきた……。
私は急激に眠気に襲われ、うずくまると、そのまま寝てしまった。ホークが横で何か話しているが、もうどうでもいい。
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