第33話 途中の世界
私はフランに引き連れられ、宿屋の私の部屋まで戻ってきている。
ベッドに座る私の膝で丸くなるラヴィが心配そうな表情で私を見上げていた。
「キュゥン…………」
「ありがとう、ラヴィ。でもわたしは大丈夫よ」
そこに備え付けられている机の前に置かれた椅子に腰かけているフランが言う。
「そろそろ説明してもらってもいいか?」
「何のこと?」
「あの湖の亡霊(?)についてだよ」
「うん、そうだね」
私はニーヴァス湖で、ファルブムと話した内容についてフランに説明し始める。
***
「お前、ドラゴンと喋れるのか……?」
「そうみたいね。でも、ドラゴンと喋ったのは今回が初めてよ」
フランは頭の後ろで手を組み、椅子の背もたれに体を預けながら言う。
「それにしても、どうしてあんなにも魔物がいたんだろうな? ステラに言われて隣町に続く山道に行ったら、そこら中に魔物がいたぜ? この町に来る前にもいたハイディング・ウルフや、アイアンゴーレムまでいやがった。ほかにも中級以上の魔物が数えたらきりがないくらいだった」
――ファルブムの言う通りだったんだ。
「だが、あいつら、ある一定の場所から先のこっちまでは来れなさそうだったんだよな。たぶん、それがあの湖のファルブム? っていうドラゴンの力で結界的なもんが張られてんだろうな」
「そうなんだろうね。でも、ファルブムは、もうすぐ力が尽きてしまう……」
一刻も早く、スイベルの町の人たちにファルブムのことを思い出してもらわなきゃ、このスイベルの町がさらに大変なことになる。
すると、フランが不意に机の上にあるものを見つける。
「ん? なんだこれ? 汚ったねぇ字だな、おい」
「ほんとフランって失礼な人よね。それが、スイベルの町を救うとも知らずに」
「はあ? これが? この汚ったねぇ字がどうやっ……って、おいおい!? ウソウソッ!? ごめんな? だからその振り上げてる拳を下ろしてくれッ!? な?」
私は何度も失礼なことを言うフランのことを、またぶん殴ろうと右手に目一杯に力を込めていた。
「また言ったら……わかるよね?」
「あ、ああ……」
コンコン。
突然、私たちのいる部屋にドアをノックする音が響く。
「……誰だろ?」
私はベッドから立ち上がり、部屋のドアを開けた。
「えっ? フィーネさん!?」
部屋の外にエリオットさんの娘、フィーネさんが立っていた。
「え、えっと……さっきあなたに言われたことを冷静になって考えてみたの。そしたら、あなたの言う通りだなって思って…………」
「あー……」
さすがに言い過ぎたか? と思っていたから、逆にここまで反省されると、どう対応すればいいのか困る。
「と、とりあえず、中、入ります?」
「うん……」
私はヘアのドアを大きく開け、フィーネさんを中へ招き入れた。
***
さっきまでフランが座っていた椅子に今度はフィーネさんが座っている。
フィーネさんに椅子を譲ったフランは机に腰を預け、腕を組み立っている。
私はフィーネさんと向かい合うように、ベッドに座った。
「フィーネさん。もしかして、わざわざそれを言いにここに来たんですか?」
私は先ほど聞いたことについて本人に尋ねてみた。
するとフィーネさんは小さく首を縦に振る。
「え、ええ、そうよ……。そこにいる剣士さんが言っていたことも気になって……」
フィーネさんにそう言われ、私は視線だけフランに合わせると、フランはきょとんとしていた。
私はもう一度、フィーネさんに視線を戻し聞く。
「このフランが言ったこと、ですか?」
「ええ。あなたがこの町を救おうとしてるって……。それって、本当なの?」
そう言うフィーネさんの目は、まっすぐと私を捉えていた。
私はその目から視線をそらすことなく、私もまっすぐと見返し言う。
「もちろんよ。フィーネさんが言ってた、ニーヴァス湖の亡霊さんに会ってきたの」
「えっ!?」
「あの湖にいるのは、亡霊なんかじゃなかったわ」
「……じゃ、じゃあ何だったの?」
フィーネさんが固唾を呑むのが分かった。
「この町の恋人よ」
「……は? ふざけてるの?」
目の前のフィーネさんは明らかに苛立ち始めている。
だが、本当のことだから仕方がない。
「ふざけてなんかいないわ。だってあのドラゴンもあなたたちを愛しているんだから」
フィーネさんが勢いよく椅子から立ち上がると、ガタンと音を立て椅子が倒れた。
「いったい何を言っているのッ!? 宗教的な話ならお断りよ!?」
「落ち着いて聞いて。あなたたちは忘れているだけ。心のどこかできっと覚えているはずよ?」
「もういいわ! ここへ来るんじゃなかった! やっぱり盗賊でもなんでも頼って早くあの亡霊を倒してもらった方が早そうだわ!」
激しく怒りを露わにしたフィーネさんは部屋を出て行こうと、部屋のドアノブに手をかける瞬間、
――スゥッ。
『きっと覚えている あなたと過ごした日々を――』
『だから私は ここで待つわ――』
『時を超え いつまでも――』
部屋のドアノブに手をかけたまま驚いた表情のフィーネさんに言う。
「まだ途中なの」
私が微笑みながらそう言うと、フィーネさんは我に返ったような表情になり、
「……邪魔したわね」
そう言って、フィーネさんは部屋を出て行った。
「よかったのか? あの看板娘をこのまま帰しちまって?」
今まで黙っていたフランがそう問いかけてきた。
私は窓の外を見て言う。
「いいのよ。彼女にもきっと届く」
――そう、〈歌〉は誰にだって届くのだから。
世界一の歌姫になり損ねた歌い手、今度は異世界で目指しますっ! とき兎 @toki_kakeru
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