第4話 曇天の世界

 ここは学校内でも、ひと際大きな扉の奥。

 ロワンレーヴ魔法学校の校長室である。


 アンティーク調の立派な書斎机を挟んで、私とカーリン先生は対峙していた。


「ステラ・レイ・リンドリーレン。何か言うことはありますか?」


 この抑揚のないカーリン先生の声がどうも苦手。

 なんとなく、前世のときの母親を思い出すからだろうか。


「いえ、何もありません」

「そうですか。では、質問を変えましょう。ステラ・レイ・リンドリーレン、あなたはなぜ、あの男子生徒を押し倒し、馬乗りになっていたのか説明してもらえますか?」


 自分が求めている答えを話すまで質問攻めしてくる感じが、余計に前世のときの母親を彷彿させている。そのせいで、どうも何かしら反抗したくなる。

 

 私は、わざと不機嫌な態度で言った。


「質問に答える前に、フルネームで呼ぶのやめてもらえませんか?」


 私のあからさまな態度にも、カーリン先生は表情一つ変えず、無感情に答える。


「……いいでしょう。それでは、ステラ。先ほどの質問に答えてもらえますか?」


 さすがにこれ以上話を長引かせたくない。

 あの男子がミアに謝ったか早く知りたい。手短に済ませよう。


「はい。あの男子がわたしの友達を馬鹿にしたので、友達の代わりに私が怒りました。そしたら、あの男子が泣き出しました。わたしが話せることは以上です」


 私が話している間、カーリン先生は私から一度も目を離さなかった。

 間を置き、眼鏡の位置を直したカーリン先生が口を開く。


「そうですか。では、今回の件は不問とします」

「……は?」


 てっきり私は退学はなくとも、休学くらいは言い渡されるのかと思っていたから、なんだか肩透かしを食らった気分だ。


「えっと、これで終わりですか?」

「ええ。それとも、まだ何か?」

「い、いえ……」

「ただし、すぐに暴力を振るうのではなく、まずは話し合いをするように心がけてください」

「は、はい……」


 カーリン先生の言うことが正しいので、まったく反論する余地もない。


「そ、それでは、わたしはこれで――」

「お待ちなさい」

「はい?」


校長室を後にしようと踵を返しかけたところで、カーリン先生に制止された。


「あなたをここへ呼んだのは、別の件でもあります」

「別の件、ですか……?」


 ――この感じ、アレしかないじゃん…………。


「あなたをここへ呼んだのは、昨日の放課後に起きたことについてです」


 ――やっぱり……。


「そちらについても、説明してもらえますか?」


 説明も何も、自分自身がわかっていないことを説明しろだなんて無理にもほどがある。まったく、大人はいつも勝手だ。


「すみません、私にもわかりません。わかっていることといえば、ケガをして泣いてるミアにどうにか泣き止んでもらおうと、わたしが歌を歌ったら、ミアのケガが治ったということだけです」


 私が答えると、カーリン先生は顎に手を当てて考え始めた。


 すると、やはりこの世界の住人は同じ反応を見せる。


「……ステラ。その〈ウタ〉とは、いったい何なのですか?」


 ――これで何十回目だろ、この質問……。


 アドルドの誕生日以降、ここが歌を知らない世界なら、私が歌を教えてあげると言わんばかりに、歌いまくった。


 この世界にも季節が存在する。

 だから私は子どもらしく、季節それぞれに合わせた歌を歌うようにしていた。

 家ではもちろん、成長するごとに家の外へ出かけられるようになり、町の中だろうが、どこだろうが所構わず歌を歌った。


 そのたびに、「いまのすごいねっ!どんな魔法なの?」とか、「えっ……? その〈ウタ〉ってなに?」とか、「そうなんだ! じゃあ将来はすごい魔法使いさんになれるねっ!」とか、さんざん言われ、聞き飽きていた。


「口で説明するより、実際に見てもらったほうが早いかもしれません」


 ――と言いつつも、何を歌おう? ……あっ。 学校で歌う曲と言えば。


「スゥッ――」


『今 私の願い事が 叶うならば 翼がほしい――』


 中学時代に合唱コンクールで歌ったのを思い出す。

 私はアルトのパートを歌っていたが、この世界にアルトやソプラノとかいう概念ももちろんない。ならば、ただ歌いたいように歌うだけ。


『この大空に 翼を広げ 飛んで行きたいよ――』

『悲しみのない 自由な空へ 翼はためかせ 行きたい――』


 私はカーリン先生の背後の異変に気が付き、自然と口角が上がった。


 そして歌い終わり、カーリン先生を見る。


「どうですか? 何かわかりましたか?」


 カーリン先生は、いつの間にか眼鏡を外していた。


「……これが、〈ウタ〉、ですか?」

「はい、その証拠に。カーリン先生、後ろを見てください」

「はい?」


 カーリン先生は怪訝な表情を浮かべるも、素直に後ろを振り返った。


「はっ!? こ、これは……っ!?」


 カーリン先生の座る書斎机の後ろに大きなガラス窓。

 その向こう側で、蝶のような半透明の羽を持つウィンドフェアリーたちがこちらを覗いている。ウィンドフェアリーたちはみんな笑顔だった。


 「ウィンドフェアリーがこんなにも……っ!」


 カーリン先生は目の前の光景が信じられないような顔で、椅子から立ち上がった。


「素晴らしい……。もしかしたら、あなたは魔法に愛された人間なのかもしれません」

「はい?」


 そんな実感はまるでないのだけれども……。


 カーリン先生は、ガラス窓から私のほうへ視線を移した。


「ステラ。あなたは将来、この世界の歴史に名を残す偉大な魔法使いになれます」

「そうですかね……?」


 ――正直、そんなものになりたくはない。


「間違いありません。少なくとも今の〈ウタ〉を見て私はそう確信しました。あなたが受けている基礎魔法の授業でもあったと思いますが、エレメントフェアリーに出会えるのは、極めて稀なことなのです。エレメントフェアリーたちは、気に入った魔法使いのもとにしか姿を現したりしません。にもかかわらず、あなたが〈ウタ〉を発動することで、自然と彼らはあなたのもとへやってきた。この事実だけでも、魔法界に衝撃を与えるでしょう」


 カーリン先生にしては、珍しく、感情がこもった発言だった。

 対照的に、私の心はどんどん冷めていく。


 それでも私はいつものように返事をする。

 前世でも役に立った作り笑顔を浮かべて、


「ほんとですか? ありがとうございますっ!」


 こうすれば、少なくとも相手に不快な思いをさせずに済む。


「これからもしっかりと勉学に励み、我が校を卒業後も高等部で本格的に魔法を学べば、必ず優秀な魔法使いになれるでしょう。いや、魔女になるのも夢ではありません」

「…………っ!」


 この世界には、魔法を扱える人を二つに分類されている。

 一つは、魔法学校の高等部まで卒業した者を、魔法使いと呼ぶ。

 もう一つは、魔法使いであることはもちろん、特定の魔法を極めたり、敵対する魔族との戦闘で偉業を達成させた者が、魔女と呼ばれる。


 そのため魔法界には、圧倒的に魔法使いのほうが多い。

 魔女と呼ばれている魔法使いは、全体の二十パーセントほど。


 ちなみに、ミアのお母さんは、“神槍の魔女”として、魔法界の歴史に名を残している。呼び名の通り、光属性の最上級魔法【ライトニング・ゲイル】という光の槍を手に、魔族との戦闘で先頭に立ち、戦った魔女の一人だった。


 ミアのお母さんは、ミアを出産後、魔女としての役目を果たすため、すぐに戦場に戻った。しかし、魔族との戦闘が激化し、そこで戦死したとされている。


 だからミアは、お母さんとの思い出が全くない。

 それでも、文字だけで知るしかない母のことを尊敬していて、さらには自分も母のようになりたいという強い意志を持っている。


 そんなミアのことを私は尊敬している。


「わたしはっ…………なりたくない……」


 自分でも驚くほど消え入りそうな声だったため、カーリン先生が聞き返してくる。


「はい? すみません、よく聞こえませんでした。もう一度よろしいですか?」


 ――前世とは違う。

 

 この世界に〈歌〉は存在しないんだ。そんな中で、歌を歌えるだけで十分じゃないか。これ以上求めてはいけない。


 また前世の両親のように後悔してほしくない。

 オリヴィアとアドルドの笑顔を失いたくない。


 ならば、私の答えは――。


「……いえ、なんでもありません」

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