第3話 取り巻く世界

 翌日。今日もミアに迎えに来てもらった。

 学校へ向かう途中、ミアはずっと昨日の出来事の話をしている。


「本当にすごかったよ! 一瞬でケガが治っちゃうんだもん!」

「もうわかったから……。あのさ、いつまでその話してるの?」

「だって、ほんとにすごかったんだもんっ! これは学校のみんなにも教えてあげなきゃだよ!」

「いや、それだけは、やめて……」

「えっ?」


 昨日、何がどうなっているのか全く理解できないが、私が歌を歌ったことでミアの擦り傷が淡い光に包まれ、一瞬にして治ってしまった。

 

 そのことを興奮状態のミアが、帰宅する私たちを出迎えたオリヴィアとアドルドにも話してしまった。


「やっぱりステラはすごいな!さすが俺の娘だっ!」

「そうね、まるで聖女様みたいねっ!」


 ミアの話を聞いた二人も大喜びで興奮していた。


 そのことを思い出し、私は小さくため息をつく。


「ごめん、学校のみんなには内緒にしておいてほしい……」


 ミアは俯く私の顔を無言で覗き込んでくる。


「……なに?」


 私がそう聞くと、ミアはニコッと笑い、


「うん、わかった! もう誰にも言わないっ!」

「えっ?」

「だって、ステラちゃんの夢のために、でしょ?」

「あっ……」


 ――やっぱり、持つべきは友だな。


 ミアだけには、私の夢を話していた。


 なぜ、ミアだけには話せたのかというと、ミアは私のちょっとした変化を見逃すことなく気づき、私にそっと寄り添ってくれる。そんなところが、前の世界でお世話になったマネージャーの朝比奈さんに、どことなく似ていたからだと思う。


「ありがとう、ミア」

「ふふっ。ミアの夢をステラちゃんが応援してくれるように、ミアもステラちゃんの夢を応援したいから」

「うん、ミアならきっといい魔女になれるよ」

「ありがとう、ステラちゃん」




     ***




 学校に着くや否や、クラスメイトたちが私を取り囲むように群がった。


「ステラちゃん! 治癒魔法が使えるってホント!?」

「スゲーな! いつの間にそんな魔法が使えるようになったんだよ?」


 ――な、なにこれ!? どういうことっ!?


 私は振り返り、少し後ろに立つミアの顔色を窺う。

 ミアも戸惑っている表情で首を横に振っている。


「なあ、どうやったんだよ? ミアのケガを一瞬で直したんだろ?」

「ちょっ、ちょっと待って、みんな! どうしてそのこと知っているのっ!?」

「えっ? 隣のクラスの女子が、たまたま見たって聞いたぜ」


 ――まじか……。まさか、あの現場を見られていたとは……。


「それでどうなんだよっ! 本当に治癒魔法が使えんのかっ?」

「そ、それは……」


 クラスの男子の一人に問い詰められ、私は委縮してしまい、言い淀んでしまう。

 そこへ、後ろで事の成り行きを見ていたミアが私の前に立った。


「ストーップ! ステラちゃんが困ってるのがわからないの?」


 ミアにしては、珍しく、言葉に棘がある気がした。


「は? なんだよ、別にお前に関係ないだろっ?」

「関係なくないよっ! ステラちゃんの友達としては見逃せない!」

「出たよ。お前、魔女の娘だからって、良い子ぶってんじゃねぇよっ!」

「い、良い子ぶってなんか……っ」


 ――カッチーン。


「おいガキィィィッ! 今の言葉、撤回しなっ!」


 私の怒号に男子はビクッとなり、ミアも潤んだ目を丸くしていた。


「……えっ?」

「ス、ステラ、ちゃん……!?」


 一度開いた私の口は止められない。


「ミアはお母さんが魔女だったからって、そのことを鼻にかけず、一生懸命に自分の力だけで魔女になろうとしてんだっ! それを馬鹿にするやつは、お天道様が許してもこの私が絶対に許さねぇ!」


 怒鳴りながら私は男子に近づいていく。


「な、何だよ、きゅっ、急に……っ」


 怒髪天を突いている私は、目の前の男子を突き飛ばし、馬乗りの状態になり、大声で叫んだ。

 

「謝れ……いますぐっ! ミアに謝れぇぇぇぇぇぇッ!」


 多分このときの私の顔は相当ヤバかったのだろう、男子の目が潤みだした。


「ひっ……な、何だよぉ……うっ、うわぁんっ……!」


 やっとそこで周りがざわめいているのに気が付いた。


「おい、あいつ泣き出しちゃったぞ?」

「先生呼んだほうが良くない?」

「てか、いまステラちゃんの喋り方おかしくなかった……?」


 周りが何を言おうが、私には関係ない。

 こいつが、ミアに謝るまで許すつもりはなかった。


「皆さん、道を開けてもらえますか?」


 その声でこの場のざわめきが一瞬にして止んだ。

 周りのクラスメイト達は一斉に声がしたほうへ振り返り、そして言われた通り道を開ける。


 そして、ミアがぽつりとその人物の名を呼ぶ。


「カーリン先生……」


 カーリン・ミルドラーク。深緑のローブを着ていて、首から下げれるようにチェーンが付いた眼鏡をかけた女性。最初に彼女を見たときは、四十代後半くらいかな?と思っていたが、この見た目でまさかの百十一歳。そして、この学校の校長である。


 カーリン先生は男子に馬乗りになっている私の横に立ち、抑揚のない声で言った。


「ステラ・レイ・リンドリーレン。来なさい」


 カーリン先生が、私をフルネームで呼ぶ。

 だが、私は目の前の男子から目を離さず、微動だにしなかった。


「ステラ・レイ・リンドリーレン」


 またカーリン先生が私を呼ぶ。

 

 そこへ、ミアが私に駆け寄ってきた。


「ステラちゃん、ミアのことはもういいから……ねっ?」

「…………」


 私は無言で立ち上がった。

 その姿を見て、カーリン先生も無言で踵を返し、すたすた歩いて行く。


 私はカーリン先生の後を追う前に、まだ仰向けのまま泣いている男子に言う。


「……絶対にミアに謝れっ」


 そう言って私は先を歩くカーリン先生の後を追った。

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