無料殺人引受所
木全伸治
無料殺人引受所
その奇妙な店は、無料で殺人を引き受けてくれるという噂のある店だった。
そんな馬鹿なと冷やかし気分でその店に行くと、その前に人だまりができ、騒いでいた。
「この、人殺し!!」
「出て来い、てめぇが殺したんだろ」
「隠れてないで何とか言えよ、ババァ!」
「殺人鬼」
どうやら、噂は本当だったらしく、残された遺族か知人らしき人々がわめいている。
ひやかしどころか、店が開いてる気配もない。
入れそうもないので、俺は立ち去ることにしたが、裏手から、コソコソと出て来る人影を見かけた。
こそ泥かと思い、つい後を追いかけポンと肩を叩く。
「おい、あんた・・・」
「あ、すいません、あれは私の仕業じゃないんです。偶然なんです」
そのおばさんは俺にペコペコ頭を下げた。どうやら、店の前で剣呑に騒いでいた一人と勘違いしたようだ。
「あの、待ってください、俺、違います。ただの通りすがりで、その、コソコソ出て来る仕草が空き巣のように見えたから」
「へ?」
「とりあえず、場所を代えましょうか」
騒いでいる連中に見つかったらまずいだろうと判断して、俺は店の前で騒いでいる連中に気取られないように、そのおばさんと一緒に店を離れて、手近な喫茶店に入った。
そこで、俺が冷やかしでたまたま店に来ただけで騒いでいる連中とは無関係と伝え、おばさんも安心してあの店の店主だと名乗った。店の金庫に残してきた売り上げを回収に来ただけで、このままあの店を捨てて、この街を出るそうだ。あそこは占いハウスで、そのおばさん一人で支えてきたと。で、あるとき、暴力的な彼氏のことですごく悩んでいる女性の悩みを聞いているうち、つい、その男を呪い殺してあげようかと、同情心で言ってしまったそうだ。人を呪い殺す力なんて持ってないのに。そうしたら偶然にもその男が本当に死に、それがうわさとなり、人殺しを勝手に依頼してくる客が増えた。
しかも、何人か本当に死亡か大けがしたりと偶然が続き、噂が噂を呼び、実は、ただ、悩み相談の延長で、恨みの殺しの依頼を聞き流していただけだと、ちゃんと客に説明しても客足は途絶えなかったと。
殺しの依頼をしたというだけで、大抵の人は憂さ晴らしができ、すっきりして店を出て行ったと。
ところが、そうやってただ他人の恨みつらみを聞き流していただけなのに、不審死が起こると、それがすべて占いおばさんの呪いのせいではないかと疑われるようになり始め、この騒ぎに。
「なるほど、人のため良かれと思ってやってたことが、こんな結末に」
「もしかしたら、本当に私の責任かなと最近は思うようになって」
「はは、それはありませんよ」
「どうしてですか」
「あ、申し遅れましたが、自分、死を管理する死神をやってまして」
「死神?」
「ま、古今東西、死神の姿は千差万別。こんな風に普通っぽい姿にもなれまして。で、呪いでたくさん人を殺しているという噂を、死神の私も聞きつけまして、で、ここ最近呪いで死んだ魂なんて見かけてないものですから、どういうことかなと様子を見に来たわけです」
「あの、もしかして、こういう騒ぎを起こしたから私の魂を獲りに」
「いえいえ、いま聞いたとおり、あなたは何も悪くありませんから何もしません。それに、あなたのろうそくは、こんなに太くて長い」
スッと手品のように喫茶店のテーブルの上に占いおばさんの名前の刻まれた命のろうそくを置く。
「この太さと長さなら、百歳超えても元気でしょう」
ぽかんと狐につままれた占いおばさんが、そのろうそくを触ろうとした瞬間に俺はろうそくと一緒におばさんの前から消えた。
占いおばさんは唖然としたが、俺の座っていた場所には、全然手を付けなかったコーヒーカップが残っていた。
「あ、コーヒー代」
占いおばさんは、その死神分のコーヒー代も払って店を出た。そして、遠い新天地で占いで生計を立てて、その占いの客の一人と高齢で結婚し、孫もできて百十二歳で老衰で死んだという。
無料殺人引受所 木全伸治 @kimata6518
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます