シンメトリー・アシンメトリー
桜枝 巧
1.
姉が結婚した。
結婚式は上げなかった。
それどころか、姉が結婚したことは、妹である私しか知らなかった。
姉が他の誰にも知らせなかったのだ。
何の予兆もなく、突然の事だった。
結婚届は出さないという。役所で受け付けてもらえるか分からないからだ。
形式的なものはなく、内々にとどめられた結婚だった。彼女と私の中だけに潜む秘密だった。
姉と私は二つ違いだったが、まるで双子が何かのようにそっくりな顔立ちをしていた。
やや縦長に伸びる輪郭も、上がり気味の目尻も、他人よりは高めの鼻も、薄い唇も、全くと言ってよいほど同じ形をしていた。
私は普段髪を後ろで一つにまとめているが、長さそのものは姉と揃えている。こちらが髪を下ろせば、私達の後ろ姿は瓜二つとなる。
身長は私の方がわずかに高い。だが背の高さと、姉が持つ泣きぼくろ以外、私達を見分ける方法はなかった。声さえ似ていた。
彼女も私も、そのことをよく理解していた。
だからこそ、姉は私に結婚を打ち明けてきたのだろう、なんて、予想することすら余計だった。
姉は幸せそうに笑いながら、「母さんには内緒ね。あのひと、きっとびっくりしちゃうから」と人差し指を唇に当てた。
それは魔法をかけるような仕草だった。
ドラマの撮影だろうが、コマーシャルの収録だろうが、あれほど甘い笑みを、他人の顔では見たことがなかった。
また同時に、誰かに結婚のことを漏らせば、その魔法は解けてしまうに違いないことを、私は瞬時に悟った。
だから、口をつぐむしかなかった。
全く信じられない話ではあった。
だが久々に見た心からの笑みを、すぐさま壊すわけにはいかなかった。
姉はあまり心が丈夫ではない。幾度となく他者に近づき、恋い焦がれ、そして傷ついてきた。
深く人と関わることを得意としない彼女にとって、それは当たり前の結末だった。
特に半年前、恋人と別れて以降の彼女は、見られたものではなかった。興の乗った仕事だけは上手くこなしたが、プライベートはほぼ引きこもり状態だった。
この好調の兆しを、逃したくはなかった。
しかしまさか結婚にまで至るとは、思っていなかった。
菫。
訓読みでは、すみれ、とりかぶと。
音読みでは、キン。
記念にと、一枚だけ撮った写真は、私のスマートフォンの画像フォルダに収まっている。
姉と小さなメモ用紙に書かれた「菫」という文字は、仲睦まじく写っていた。
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