☆金平糖のストラテジー☆

しえる

第1話 地味OLの片思い



○会社のカフェテリアの片隅

私は掃除婦のおばさん・みーさんと話している。



ユナ

 「……ありがとう。だいぶすっきりした」


私はにっこりと笑んだ。

  

みーさん

 「そりゃよかった。気にすることないよ。会社なんて、嫉妬の宝庫じゃないか」


みーさんはひらひらと手首を振った。

 

ユナ

 「はは。陰口はいくつになっても嫌なものだよね」


みーさん

 「あんたはお人よしすぎるんだよ。そうだ、これ、あげるよ」



みーさんはウエストポーチから手のひらサイズのガラスの小瓶を取り出した。



ユナ

 「うわぁ、かわいい! 金平糖だ」


みーさん

 「ユナちゃん。あんたさ、好きな男がいたよね。確か、海外営業の……」


ユナ

 「ち、ちょっと、みーさん! 誰かに聞かれたらっ……」



私はあわあわとうろたえた。みーさんはにやりと笑、前かがみになって声を潜める。



みーさん

 「この金平糖は、ただの金平糖じゃないんだ」


ユナ

 「はい?」


みーさん

 「今は引退してるが、伝説の和菓子職人が作った不思議な金平糖なんだよ」


ユナ

 「どう不思議なの?」



私は首をかしげる。


  

みーさん

 「好きな人と一緒に食べると、相手に思いが通じるんだよ」


ユナ

 「えっ? まさか!」


みーさん

 「ふふふ。あたしゃこれのおかげで旦那と結婚したんだ」


ユナ

 「そんそんなすごいもの、私に?」


みーさん

「あんたはいい子だから。それにあんたが好きな子も、どっちもあたしのお気に入りなんだよ」


 


 

○営業部のフロアの廊下

私は小瓶の中のかわいい金平糖を見つめながら歩いている。



 (本当かなぁ……? 色とりどりで、すごくかわいいけど……)

 (そうだとして、どうやって先輩にあげたらいいかな?)


 とん、と何かに額をぶつける。何か、いや、誰かに、だ。


シュウ

 「よそ見して歩いてると危ないよ、藤木」


 ふいに頭の上から降ってきた呆れ笑い混じりの低い声に、私の心臓はどきりと大きく跳ね上がる。


ユナ

 「よ、吉成先輩。ごめんなさい……」



 吉成嵩よしなりしゅう。二年先輩で海外営業部の2トップのひとり。

 私が入社した時のメンターでもある。

 社内独身イケメン番付のトップ3のひとりでもある。

 今は先輩が海外営業部に移動して、部屋は別になってしまったけど……



 「今朝、なんか悲しそうな表情かおだったけど、今はそうでもないみたいだな?」


ユナ

 「嫌なことがあったんですけど……掃除のおばさんに聴いてもらってすっきりしたので」


 私は力なく笑んだ。

 そして先輩がじっと私を見つめていることに気づいて、ひゅっと息をのんだ。


 (うわぁ。そんな優し気なまなざしで見つめられると……誤解しちゃうよ)


 「ああ、みーさんか? 俺もたまに愚痴聴いてもらってる」


ユナ

 「そうだったんですか? みーさんが先輩のこと、いい子だって言ってました」


先輩は口の端を上げて苦笑した。


 「ははは……『子』って。あの人にかかると俺もまだまだひよっこだな」



先輩は私の背後に視線を向けた。

早歩きの足音。

振り返ると、私と同じ営業一課の課長が歩いてくるのが見えた。



 「藤木」


ユナ

 「は、はい!」



先輩は屈みこみ、私の耳元で小声で言った。



 「今夜、時間あるかな。ちょっと話したいことがあるんだ」


バコン! と心臓に右ストレートが飛んできたみたいな衝撃。

私の鼓動は超高速運動を始める。


(私をキュン死させるつもり?!)


さらに彼は声を低くして早口で囁いた。



 「最近の国内営業部についてちょっと教えてほしいことが……」


(ああ、やっぱりか。仕事のこと、だよね……)


かくん。

心の中でうなだれて、変に早まった鼓動を無理矢理制御し始める。


ユナ

 「わかりました。どこに行けばいいですか?」


 「19時に、地下駐車場のD-7に来てくれ」


 

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