やなぎのはな

野鴨 なえこ

第1話

 杖木つえきかなめは、やなぎ絮雪じょせつの熱くなった手を握った。彼女の頬は赤く、唇からは熱い息が漏れ出ている。要は自分より遥かに小さく、華奢な手を優しく握った。

 二人がいるのは、都心の第十二区立病院である。一人用の病室は、二人の他誰もいない。時折、医師や看護師、カウンセラーなどが訪れる。しかし、絮雪の親は来る気配がない。要は内心、入院していることすら知らないかもしれないと思っていた。

 自分が守るしかない。その決意を込めて、熱くて小さな手を握り直す。彼にとって、先生も親も、信じられない。それくらい大きな事件に、彼らは巻き込まれていた。

 ドアがノックされる。要がそれに応えると、向こうから白衣を着た女性が入ってきた。

「杖木くん、柳さん起きた?」

 仁科にしなと書かれた名札を下げた精神科医が、優しく声をかけた。要は首を振る。今日は昼ごはんを食べさせたきり、絮雪は寝ている。

「そう。ちょっと彼女を訪ねて来ている人がいてね。起きていたら会うかどうか聞きたかったのだけど……」

 その言葉に、要は驚いた。彼女を訪ねる人がいることに。

「……どういう人なんですか?」

「貴方たちみたいな、事件の被害者を支援している組合の人たちでね。私も知っている組合だし、私の立ち合いのもとで会うって条件なんだけど……」

 要は、しばし迷った。今まで学校の先生やメディア関係者など、多くの大人たちを要は突き返してきた。それは絮雪を心配に思う気持ち故だが、今の彼は気の立った親猫のようである。それ故に、今回も突き返そうかと考えていた。

 しかし、信頼している仁科が知っている組合だと聞いて、心が揺らぐ。仁科の方から打診があるということは、変な人たちじゃないかもしれない。しかし、仁科がもし裏切ったら……。要の頭も心も、ずいぶんと混乱していた。

「すぐに返事できないならまた出直してもらうけど……」

 その言葉に、要の心は不思議と傾いた。

「あの、会います」

 仁科は目を見開いた。

「絮雪のためになるなら……」

 要は眠っている絮雪を見た。そして、仁科の方に向き直った。

 目線を受けた仁科は、しっかりと頷いた。そして、病室の扉を開けて外に声を掛ける。すると、二人の女性の声が僅かに要の耳に届いた。

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