やり込んだエロゲの主人公に転生したがどう考えても全てがおかしい

casmi

始まり、世話役お節介姉さん

第1話 我が世の春が来た……けどこれは

 カーテンから漏れ出る陽光をまぶたごしに感じて目を覚ます。

 今日は呼び出しの連絡もなく無事に惰眠を貪り、充実した休日を送れることに対して安堵を抱いて身体を起こした。

 ベッドから降りて腰を回すと、心なしか身体の調子がかなり良い様に感じる。

 二ヶ月振りの休みだと言うのにやけに頭もスッキリしており、休日の期待度によるものなのだろうかとぼんやりと考えながら部屋を出て初めて違和感を覚えた。


 寝室の扉を開けた先に広がる廊下は自宅のものではなかった。

 振り返って寝室を見るもいつも通りの埃っぽさこそなかったが、スチルを参考に再現した通りの寝室だった。


-まさか


 足早に廊下を進み一階に降りる、見覚えこそなかったが構造自体は俺が予測していた通りの一軒家。

 リビングに続くであろう扉を前に高鳴る心臓を抑える為に呼吸を整える。


 そして意を決して扉を開けばその光景はスチルで見た主人公が住む家のリビングそのものだった。

 早まる鼓動は鼓膜を震わせる程大きくなっていき、ゆっくりとダイニングテーブルに向かって歩みを進める。


 ポプリが入ったガラス容器の重しをどけて震える手で書き置きを手に取れば、その全てが確信に変わった。


『転校おめでとう、仕事の都合で半年程家を開けてしまうけれど生活費はちゃんと振り込むから安心してね。学園の方には貴方の事情について説明してあるから、何の心配もしないでしっかりと勉強に励むように。私達が帰って来るまでにお友達をつくって紹介してね。追伸、早く孫の顔を見たいから彼女についてもがんばってね、母より』


「お、おぉ、おお……」


 何度も読んだことがある文面、これは主人公が母親から受け取った置き手紙そのものだ。

 テキストでは分からなかったが意外とかっちりとした文字で書かれた手紙を

両手で掴みながら膝をつく。


「よっしゃああああああああああ!!!」


 思わず天井を見上げ叫んでしまった。


 だがこれを喜ばずにいられるものか。


 何が原因か分からないが俺は『箱庭学園で育むモノ』の世界に主人公として転生している。

 親友キャラでも竿役でもモブでもないとして。


 つまり、つまりだ。

 俺が数年間繰り返し読み込んだ物語の中でこれから生きることが出来る。


 跳ねるように立ち上がった俺は寝室……じゃなくて自室に戻る。

 そう、俺はこのエロゲにハマり過ぎてヒロインを愛しすぎる余り、寝室をスチル通りに主人公の自室になる様に再現していた。


 ファンディスクが待ちきれず自分でSSを書いたり、売れこそしなかったが同人誌も箱学のみ描き続けた俺が、になった。


 全力で階段を駆け上がっても息一つ乱れない若い身体に感動を覚えながら震える手

でスマホを手に取る。

 サイドボタンを押せば飾り気のないデフォルトの壁紙に日付と現在時刻が表示され口元が綻ぶ。


 四月十五日午前七時。

 私立明導寺学園に転入する三日前、最初のイベントの開始時刻までまだ余裕がある。


 俺は急いでスウェットから普段着に着替える。

 流石に服の収納場所は分からなかったが勝手知ったるものと言うべきか、身体に導かれる様に探り当てることができた。


 しかし、そう言えば転生ものと言えば憑依パターンもあるよな。

 あちらで流行っていたからこういう状況に対するそれなりの知識はある。

 を思い出そうと軽く瞑想を行えば、過去の記憶、いや出来事?を思い出すことはできた、そしてそこに違和感を覚える。


 確かに記憶は箱学で触れられていた設定と概ね同じだ、だが何と言うか……『意思』が感じられなかった。

 記憶の中で感じたのは、漫然と起こった自体に求められた反応を行うという機械じみた意思。

 起こったことに何の感情も持たないがただ周囲の目からといった考えを感じた。


 俺の記憶では主人公にそんな設定はない。

 デフォルトネームこそないがそれでも主人公は箱学世界の常識とあちらと同様の倫理観を持った普通の男子学生だった。

 テキストで語られた心情も概ね思春期の男子学生のもの、であれば感じるこの記憶の違和感はなんなのだろうか。


 俺は導かれる様に机の一番下の引き出しを開く、何も入っていなかったが底板を外すと二十底になっており数冊の大学ノートと日記帳が出てきた。


 謎の悪寒に生唾を飲み込み、取り出したノートのうち一冊を開き愕然とした。


 開いたノートには隙間がない程に彼の自己分析が記されていた。

 他のノートも同様に日々の気付きや、より求められる自分に近づく為にどうするべきかという彼の考えが記されており、知ることがなかった彼の本質の一端を感じ背筋が凍った。


 恐る恐る日記帳を開けば彼の苦悩が見て取れた。


 曰く、彼は生まれた時から人間らしい感性を持ち合わせていなかった。

 喜びも、怒りも、楽しみも、悲しみも理解できず、それを正直に示せば両親が心配し、庇護下から外れることは望ましくないから求められる様に振る舞ってきたらしい。


 彼は様々な欲求を試した、美食、情欲、知識欲、嗜虐心、被虐心、庇護欲。

 現状行える手段でそれらを経験してきたものの、彼が興味を抱けるものはついぞなかったらしい。


 中でも極めつけなのが主人公が父親を死に追い込んだという点だった。

 主人公は物語が始まる数ヶ月前、事故により父親を亡くしている。

 ここに記されている情報を鵜呑みにするならば、彼は自分を最も可愛がっていた父親を自ら殺害することで感情の揺らぎを得ようとしていた。

 しかし、それは徒労に終わった。


 わざわざ父親と共に事故に巻き込まれることで、その最後を看取ることができたが何も感じなかったとのことだ。


 ゲームで語られることがなかった彼の異常性に触れたことに動揺しているとチャイムが鳴り我に返った。


 今は一先ず起きたであろうイベントをこなすことが先決だろう。


 俺は彼女を迎える為にノートと日記帳を戻して玄関に向かった。

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