【日常×オジサン×ファンタジー】闇の儀式に手を出したおっさん、に転生したオジさん

新山田

第1話 お金と、転生したオジさん


焦げた臭いに、火事だ、と急ぎ目の前にある扉を開けて外に出る。

そこには、石とレンガの建物群と広がっていた。


「どこだ、ここは……」


どうやら私は、見知らぬ土地に来てしまったようだ。


◇     ◇     ◇


休肝日を挟んだ久しぶりの飲酒は、格別に良いものだ。

度数の高い酒をチビチビと味わいながら、手作りの肴に舌鼓を打つ。


明日も仕事だ。酔いが残っては支障をきたす、と手を止める。


そろそろ寝る準備に入るか──




──そして、変わらない朝が来るはずだった。


「どうなってんだ、まったく」


先ほどを目覚めた部屋の中に入ってみた。


焦げた臭いはまだする。


が、


どうやら火の手が上がっていたわけではなさそうだ。

とはいえ、部屋の奥は炭化してしまっている。


部屋を半分に分けて手前の焼けていない箇所には、生活の跡が残っていた。


「竈に、使い古された鍋。水窯、ヒビの入った木製テーブル、その上にはインク文字の紙の束、か」


まるで──


「──おとぎ話に紛れ込んだみたいだな」


もしくは、西洋ファンタジー映画、と表現すればいいだろうか。


「手紙、か、これは……請求書のようだ」


テーブルに置かれている紙を持ち上げて中身に目を通す。憶えの無い形をした文字で書かれた内容をどうして把握できるのか、そのことについては一旦置いておく。


──コン、コン


本来の役割を果たせず、開いたままの扉に持たれかかる青年が一人。

蒼い肌に蜜柑色のクセ毛の長髪……彼がこの部屋の主だろうか。


「すまない、勝手に入ってしまって」

「なにをすっとボケてんの、タイラーさん。分かってんでしょ”商品”回収しに来たんだよ。ほら今日の分を用意して」


手をヒラヒラと動かし”商品”なるモノを要求してくる青年。


「すまないが、なんのことだk──」

「あらら、もしかして僕、舐められてる?」


迫る彼のブーツの音がこぎみよく部屋に響く。


「優しくいってる間に”魔法蒸留液”を寄越せって言ってんの」

「なんだs──ぶほッ!」


青年から躊躇いなく振りぬかれた拳が、見事に頬を直撃した。

強烈な痛みを覚悟したが……あれ思っていたよりも痛くないぞ?


「へえ~、聞いてた話よりずいぶん丈夫ですね、タイラーさ、んッ!」


──ブォン!ブォン!ブォン!ブォン!


鋭い音を発しながら無数の拳が飛んで来る。

そのボクサーのような殴打を眼で追えることに自分自身が驚いた。


「”モンク”の拳を避けるだなんてほんと……何者?」


身体を、引いて、避けて、逸らす……我ながらなんて身軽なのだろうか。


スポーツなんて学生のとき以来していない。

記憶にある動ける自分と”ズレがある”事は社会人になって幾度となく経験している。


だけど、いい方向に”ズレがある”なんてことは初めてのことだ。


──ぱしッ!


うそだろ……!?


素早く風を切る拳を素手で受け止めた自分自身が一番驚いている。

腕に覚えのある者に大立ち回りなんて、まったく私はどうしちまったんだ。


「あらら、遂に止められちゃった……」


相手の青年は戦意が削がれたような顔をしているのが拳越しに見える。

この数十分で生まれた疑問を解消できるチャンスに感じた。


「ちょっと、いいか」

「ん?──」




──いくつかの疑問が解消できた。


「んじゃ、明日はよろしく頼んますよ。タイラーさん」


蒼い青年こと、シャンシャオはその言葉を残して去っていった。


私は”タイラー”という男であることを知ったときには驚きのあまり口がふさがらず、おかげで鏡に映る間抜けた西洋男性を見続ける羽目になってしまった。


そして、


タイラー氏は、この家を担保にした多額の借金と、

その返済に”魔法蒸留液”なるモノを上納していることを知った。


「明日は”ケンビビのアニキ”も来ますんで、今日と同じだと──」


つまり私は、


「──死んじゃいますよ」


高額な借金の返済と、聞いた事もないモノを納品する羽目になってしまったのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年1月10日 19:00
2025年1月11日 19:00

【日常×オジサン×ファンタジー】闇の儀式に手を出したおっさん、に転生したオジさん 新山田 @newyamada

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画