第六話 『天涯より来たりて』 その18/ぶっ刺さった愛のために


 当たり前だけど、めちゃくちゃいい酒でね。


 風味は濃厚だし、辛みのあるいい味だった。安ビールをバカにするわけじゃないけれど、赤ワインもすごくいいよな。


「エリアス王子は酒がお好きだったんで?」


「いいや。病弱だったからな。医者も、飲ませるなと言っていた。本人も、あまり飲みたがらなかったが……」


「それは、意外です。パーティーの席では、そこそこ飲まれておいででしたが……」


「ああ。あいつなりの努力だろう。私も、昔、愚痴をこぼしてしまった記憶がある。酒ぐらい飲めねば、王になどなれないと……失言だったようにも思えるし、実際のところ、たしかに、そのようなものだ」


「……では、エリアス王子さまの分まで、ちょっと、飲んでおきましょう。クレアも、一杯だけもらうといい。苦手かもしれないが、王さまのために」


 クレアがうなずいたので、オレが注いでやったよ。


 緊張しながらも、ワインを飲んでいく。


「美味いだろう?」


 王さまの問いに、クレアはぶんぶんアタマを縦に振る。


「はいっ! とても、味わい深くて……素晴らしい味です」


「ハハハ。ああ、ありがとう」


 美人はありがたい。酒飲んでるだけで、おじさんを笑わせられるなんてね。


 我々には、ちょっと息抜きが必要だったからな。


 呼び出された理由なんて、ちょっとは分かっているんだよ。


 背後で、じーっと我々を監視しているラキアがいた。王さまには、従順なようだ。でも、オレたちの会話の内容はすべて記憶して、あとから反撃のひとつでも仕掛けてくるかもしれない。


 この『人選』も……ちょっとね、作為は感じる。


 クレア・ハートリーはウソをつくのが下手だし、それは王さまも知っているし、ラキアもわかっているだろう。騎士団に所属していたから、クレアの人となりを把握している公務員の方々は多そうだ。評判を聞いて、利用したがっているかもな。


 ああ、陰謀論が好きな脳みそになっている。良くないね。


 チーズが欲しくなるほど飲んだ。ハチミツたっぷりかけてさ、いいカンジのちょっとお高いチーズが欲しい。でも、ちょっと、飲みすぎだったな。


「……陛下」


 それまで黙っていたラキアが、王さまを注意した。


「……ああ。そうだな。聞かねばなるまい。レオンハルトよ。聞きたいのは、他でもない。我が息子だ。マクシミリアンは、何をしでかした」


 ワインのボトルを見つめながら、王さまは聞いてくる。


 まあ、素直に言うしかないよ。


 知っているコトを、ありのままお伝えするだけ。


「……なるほど。お前は、マクシミリアンが伯爵を刺す瞬間そのものは見ていないと」


「ええ。セレスティアお嬢さまの悲鳴で、ドアを押し開けて入ったら。王子さまと、お嬢さまと、刺された伯爵がいただけです。誰が、刺したのかまでは、わからない」


「お前は、セレスティア嬢を疑っておるのか?」


「……あまり、疑いたくはないんですがね。王子さまが、やるとは思えない。彼が、それをやる理由に見当もつかない。ありますか?」


「……ないとも、言えないが」


「マジか……」


「だが、あいつが本気でやるとすれば、もう少し上手にやるだろう、とは思うな」


 何とも。


 しっくり来てしまったというかね。


「それは、確かに。王子さまほどの優秀な方なら、もっと確実なタイミングで暗殺を実行なさりそうだ」


 不謹慎な言い方かもしれないが、有能な人物は自制心を持っているものだからね。そいつで、不可能なハズの行いだって実現してしまうんだ。精度を上げて、強烈な意志の力で実行する。王子さまは、エリートだし、王さまの言いなりでもない。意志の力は、十分にある。


「レオンハルトよ。お前なら、どう殺す?」


「……考えたコトはないですが。もっと、マトモなタイミングでやるでしょう。お嬢さまという目撃者や、自分より強い冒険者が介入するかもしれないタイミングでは、ちょっと考えにくい」


「マクシミリアン王子殿下は、犯人ではないように思います」


「オレも、そうですね」


「直感か」


「それほど、王子さまをよく知っているというわけじゃないんですが、『山賊砦』では、協力していただいた。信頼していい人物だという直感めいたものはある」


「……ふむ。あいつ本人からも聞いたのだが、何と答えたと思う?」


「さあ」


「わかりかねます」


「『よく覚えていない』そうだ」


「そいつは、ふざけた答えですな。あるいは、かばっているか」


「かばう、か」


「容疑者は少ない。男は、愛する女のためなら地獄にも行くよ」 


 全員じゃないけど。


 けっこう、いたよ。逃げないんだ。女冒険者といっしょに死んでやる男冒険者の多いコト。「レオ、もう行っていいよ」。「そんなに、がんばらなくていい」。「私を、置いて逃げて。もう助からないのに」。「どうして、そこまでしてくれるの」。


 ……愛だったのかな。愛って、言って良かったのかも。ティナ・マクスウェルを忘れない。弟の恋人だったのに。奪いたいとか、そういうのじゃないけれど。


 普通に、親友だったし、普通に好きだった。夏のひまわりみたいに元気で、よく笑う。100メートル走では絶対に勝てない。あの青い髪のハーフ・エルフは、オレたち兄弟のアイドルだったのに。


「男ってのは、バカなところもありますから」


「……あいつは、そこまで恋愛に踊らされるとは、思いにくい。顔がいいからな」


「オレは、そうでもなかったりするんですけどね」


「だろうな」


「ええ。でも、いくら恋愛上手の王子さまだって、心にぶっ刺さるほどのコトがあれば違うと思います」


 ぶっ刺さって抜けない。トラウマに磨かれて、ギラギラにかがやく愛情が、抜けやしない。死ぬまでそばにいてやるしかできない。こっちも傷だらけになりながら、最後は撤退するしかない。「ありがとう、レオ」。そんな言葉をもらう資格はない。


 死んだ君を、モンスターどもの群れに置き去りにした。死んでいたからといって、ゆるされるとでも。君が死ぬまで、その場所にいたからって、何なんだよ。オレが、君の恋人だったら、いっしょに……。


 ……ああ。


 自意識過剰だな。「私の代わりに生きてね、レオ。いつか魔王を倒して、世界を救ってね」。


 いい酒のせいで、ちょっとアタマがダメになってる。だから、誤解する。ティナの愛情は、恋愛とかじゃなかった。使命であり、やさしさだった。「オレが、勇者になるよ」。


「愛情って、ときどき、とんでもなく力強いですから。王子さまも……セレスティアお嬢さまとのあいだに、運命めいた何かがあれば、彼女をかばうでしょう。たとえ、父親である王さまに、嘘をついたとしても」


「お前なら、それをやれるか?」


「おそらく。やってしまえるでしょう。権力でも、家族でも、止められない感情だってあるものです」


「仮に、だ。仮のハナシをするぞ」


「はい。どうぞ」


「もしも、そこにいるクレア・ハートリーが、私をナイフで刺したら。そして、目撃者は誰もいない。容疑者は、彼女とお前だけだ。そのとき、お前は、彼女のために―――」


「―――かばうでしょうね。オレが、やったと。当然でしょう」



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