第四話 『国崩しの令嬢』 その34/魔導書の復活


「うう……思い出せない。何か、あったハズなのに……ボクは、この暖炉の前で、何をしていたんだろう。兄さんなんかと話したせいで、アホが伝染してしまったのかも」


 本心から、そう考えてしまうよ。


 世界が平和になって、三年間も経つのに。まだ冒険者にしがみついてしまっている実兄が、ボクに悪しき心理的影響をあたえているのではないかとね。


「まあまあー。レオさんもー、以前ほど暴走もしてませんしー。それに、こーんな可愛いワンちゃんを、私たちにプレゼントしてくれたんですよー。感謝ですう……よしよし!」


『わふう、わふ、わふふふう!』


 お腹をナデナデされて、やたらと喜ぶビーグル犬。名前は、ゾーギ。ゾーギだぞ? なんて、可愛くない名前なんだ。仔犬につけるセンスじゃないと思うんだけど。


 ちょっと物々しいだろ。


 いくら、バトルし過ぎで、脳にダメージが過重にはいり、アホが進行してしまっているレオンハルト・ブレイディと言えど、ゾーギなんて、仔犬につけてしまうものだろうか?


「ああ。なんだか、気になって、気になって。思い出せないのが、ここまで苦しいなんてね、知らなかったよ。疲れているのかも」


「ドミニクさんは、ちょーっと、考え込んじゃうところもありますがー。記憶力は、バツグンですもんねー」


「そう。めちゃくちゃ、勉強できたんだよ。王都の模試では、いつだって五位以内だったんだから」


「まあ。天才ですねー。ぱちぱち」


「ボクのライバルどもは、全員が金持ちか貴族の子息で、どいつもこいつも家庭教師と無限の勉強時間があったんだ。ボクは粉屋の手伝いと、『兄さんの世話』、冒険者になるための訓練で、勉強時間は限られていた。同じ勉強時間だったら、ボクが毎回、一位だったろう」


『わふう……』


 犬に。


 なんだかバカにされたような目で見られた気がする。この仔犬、ちいさいのに。ときどき、やたらと達観した老人みたいな目をするような気がするんだけど。


 いやいや。


 妄想だ。


 妄想。


 婚約とか、兄さんからの無理なお願いだとか、いろんなコトでアタマがいっぱいになっているから、ヘンテコな名前の仔犬に対しても、ちょっとおかしな感度で反応しているに過ぎない……ハズだ。


「レオさんもー、お勉強、できたんですかねー?」


「……あはははは!」


「あははー。爆笑、されましたー」


「に、兄さんにかぎって、それはないよ」


「でしょうかー?」


「うん。ない。バカだった。テストの成績なんて、上からよりも下から数えた方が早かったよ」


『わふふううっ』


「まあ、ゾーギちゃんもー、笑ってる」


「犬にも笑われるべき成績だったのは、確かだったよ」


「でもー。冒険者としてはー、キレキレでしたー」


「……ああ。それは、ちょっとわかる」


 兄さんは、感覚的だったから。考えるよりも先に、行動していた。それは、ときには役立つものだ。直感を鈍らせる最大の原因というものは、どう考えても過剰な思考だからね。あるいは、分析し過ぎる。


「考えないから、早いんだよ。行動力に関しては、図抜けていた。最初からね。あれは、天性のものだ。ボクには……そう、考える力があり過ぎると、ああはなれない」


「それはそれでー、才能ですよねー」


『わふふ!』


「……うん。適材適所だったんだろう。ボクが、冒険者になっていれば、なまじ才能があっただけに、器用貧乏状態で、死んでいたかもしれない」


「じゃあ、良かったですねー」


「……ああ。良かった。でも、ちょっと、まだ……完璧に許せるってわけじゃない」


『……わんわん!! わんわん!!』


 仔犬のゾーギが、いきなり吠え始めた。窓の外を見ると、兄さんがお世話になっている宿のスタッフ……たしか、シェルフィー・メイメイさんと……いかにも気弱そうだが、顔のいいフェーレンの少年がこっちに向かって歩いてくる様子が見えた。


「何だろう、あの二人? それに……ちいさいのが、いくつか?」


「あれはー、シェルフィーさんとー、彼女の召喚した労働妖精さんたちですねー。男の子は……名前、忘れちゃいましたけど、『女冒険者の敵』さんですー」


「なにそれ、ちょっと怖いんだけど?」


『わんわん!!』


「ゾーギは、何に反応しているんだ……こ、こら、窓によじ登るんじゃないっ。外に、そんなに出たいなら、ドアから出してあげるからっ。散歩に、連れていくから……っ」


 仔犬って、我がままだな。どこかのレオンハルト・ブレイディみたいに、横暴かも。


 殴られた記憶は忘れない。「あきらめろ」、「オレが勇者になって、魔王を倒すから」。


 父さんのためだったし、社員のためだったし、王都の人たちに食糧を提供するためには必要な方法だと思っていたんだろう。


 横暴だ。


 殴り合いをしなくても、言葉で……。


 でも、きっと、言葉では、あきらめきれなかったかもしれない。


 兄さんの方法は、きっと間違いではあるが……どこか、正しさもあった。


 くやしいのは。


 兄さんは、あまり自分のコトを考えていなかった。自分よりも、周りを見られていた。ガキのころからね。ボクと一才しか違わないのに。あの点においては、ボクよりも賢かったのかも。


 ドアを開けた。その瞬間、ゾーギはとんでもない勢いで、労働妖精たちのもとへと向かった。ケンカするのかと心配したけど、そうじゃない。もっと、ヘンテコだった。


「ポロロくんたち、どーしたっすか?」


「よ、妖精たちが、仔犬の周りで、円陣を組んでるっ」


 うん。おかしな……!?


 ゾーギが、発効した。緑色にね。労働妖精たちも、同じだった。ちょっと、宙に浮いているような。ヘンテコな儀式は、数秒つづいて。ゾーギは、また猛烈な勢いで、ボクのもとに戻ってきた。


 そして。


 しゃべって。


『よーし! 労働妖精たちの力を借りれた!! これで、どうにかしゃべれるぞ!! 魔神の陰謀に、対応できる!! 作戦会議と行くぞ、アドルフ・イェーガーの孫2号よ!!』


 悲鳴があがった。


「いやああああ!? ぞ、ゾーギちゃんが、ヘンテコな声でー、しゃべってるー! 寄生虫かもしれませんー!!」


『ち、違うぞ!? そーじゃない、そうじゃないんだあ!?』


 ちょっとだけ。


 ちょっとだけ、思い出していた。ボクたちは、おかしな魔導書と出会った。じいさんの手帳が、化けたヤツ……そいつの名前は……ゾーギだ。



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