シャタエル‼ シャッター商店街、まるごと異世界へいく。エルフのばあちゃんと異世界復興。

雨之コウ

第一章~生活基盤篇・春~

001 商店街、まるごと転生

《 序 文 》



 転生――魂が生まれ変わり、再び生を受けること。


 異世界――多次元宇宙において、無数の可能性が広がる世界。



 年月、時間……


 その概念すら薄まるほどに、私は永い間、数えきれない世界を旅してきた。


 今より語る物語は、数ある異世界冒険譚のほんのひとつである。


 だが、私にとってかけがえのない大切な記憶だ。


 思えば、遠い過去のようでもあり、まるで先ほどの出来事のようでもある。


 初めての転生、初めての異世界。



 ――『原点』――



 その一点にすべてが宿るように、この冒険譚は、私の胸の一番奥、魂に刻み込まれている。


 この物語は――


 私が愛した初めての冒険、私が愛した人々との……


 愛しき日々の記録。




 ◇     ◇     ◇




 俺はいま――


 キツネ耳の生えた金髪エルフと、森の中に立っている。


 いや、エルフっていうか、これ……伊織ばあちゃんだ。



「ひゃっほー! 異世界転生最高~~~!!! ウイィィィ!」



 見慣れぬ森の中、若返ったばあちゃんがハイテンションで飛び跳ねている。


 なんでこんなことに……


 ことの始まりは、数時間前の『伊織ばあちゃんの通夜』だった――




 ◇     ◇     ◇




 ――チーーン……



 りんの音が斎場に響き、読経が耳に染みわたる――


 参列者の静かな息遣いや、かすかに漏れるすすり泣き。それら全てがその儀式を形作っていた。


 まだ少し肌寒い風が、窓から吹き込んでいる。風にのり一片ひとひらの桜の花びらが舞い込んできた。


 ひらひらと舞い落ちる花びらが、窓明かりに照らされている。


 まるで、雪のようだな――


 俺はぼんやりとした頭で思った。



「皆様、生前中は姉がお世話になり、ありがとうございました。姉もきっと喜んでいることと思います」



 大狸おおだぬき商店街、最後の砦、江藤書店の店主である江藤伊織えとういおりさんが99歳で亡くなった。亡くなる直前まで店を開けていたその姿は、100歳間際とは思えない若々しさを保っていた。



「生前姉は、100歳まで生きると豪語していましたが、あと一年足りないところが、姉さんらしいというか」



 喪主は、ばあちゃんより10歳以上年下の妹、小梢こずえさん。ばあちゃん同様、80代後半という年齢を感じさせない若さだ。毎日市民プールに通っていて、バタフライで1キロも泳ぐそうだ。


 二人とも結婚はせず、独身のまま生涯を過ごしてきた。その為、参列者は少数で、親しい人だけが静かに集まった。



「蓮くん、来てくれてありがとう。お店のこと以外でも、本当にようしてもらって」


「いえ、俺の方こそ、伊織ばあちゃんには、小さいころからずっと可愛がってもらっていたので」


「ごめんねぇ、お店……続けられんで。さすがにこの状況で私が継いでもね」



 日本各地に点在するシャッター商店街。その一つが、九州F県の片田舎にある、ここ大狸商店街だ。かつては賑わいを誇っていたが、今ではその面影も失われ、ほぼすべての店舗がシャッターを下ろしてしまった。


 俺の名前は、田中蓮たなかれん。29歳。


 この地区を担当する商工会議所の職員だ。


 俺はここで生まれ育ち、東京の大学を卒業後、故郷に戻って商店街の再生に取り組んだ。だが、商工会もこの地区からの撤退を決定し、俺が最後の担当者となった。


 そして今日、俺の役目も終わる――


 商店街最後の店、江藤書店が閉店したからだ。


 俺は子供の頃から江藤書店に入り浸り、奥の座敷で伊織ばあちゃんと一緒に本を読んでいた。ばあちゃんはいつも果物やお菓子をくれて、そのひと時が何よりも好きだった。


 俺は主に漫画や歴史小説を読んでいたが、ばあちゃんは本のカバーを裏返していて、何を読んでいたのかわからなかった。


 時折「……ふへ……」と楽しげに唇の端を上げるその姿が、今でも鮮明に思い出される。


 裏返しのカバー。


 あのニヤリとした笑い顔。


 ……今思えば、ばあちゃんって――


 いや、つまらん邪推はよそう。ばあちゃんに失礼だ。



「ばあちゃん。俺……なんとかこの商店街を立て直そうとしたけど、結局、ダメだった。本当にごめんな。いつも『蓮ちゃんならできる』って言ってくれたのにな……でも、ばあちゃんがいてくれたおかげで、最後まで頑張れたよ。ありがとう。長い間、お疲れ様……」



 棺の中のばあちゃんは、笑っているように見えた。その穏やかな笑顔が涙で滲んでいく。



 ――うっぐぅぉぅぅぅ……



 俺の喉、いや、胸の奥から、声にもならない『音』が溢れ出ていた。


 人は失ったときに初めてその大切さを理解するというが、それは本当だと実感する瞬間だった。


 俺は、この『血の繋がっていない』ばあちゃんのことが、本当に……


 大好きだったのだ。



「蓮くん蓮くん、よかったら姉さんの遺品、どれか貰ってくれんやろか?」



 小梢さんは、ばあちゃんのアクセサリー入れからどれを選ぼうかと考えている。


 そして、ひときわ大きな宝石がついた指輪を手に取り、俺に差し出した。  



「これなんかどげん? ぎらんぎらんして」


「ええ?! そんな高価そうなのは……」


「なら、もっと地味なやつにしよか……あ、これなんかどうやろか?」



 小梢さんは銀色のロケットペンダントを掲げ、満面の笑みを浮かべている。やはり姉妹だ……伊織ばあちゃんの笑い方に似ている。



「ロケットですか。綺麗ですね」



 表面には細かな銀細工が施されている。蓋を開けると、美しい女性が弓を構えている写真が収められていた。



「へへ、これ、姉さんの若いころの写真ばい」


「え?! 伊織ばあちゃん?!」


「美人やろが~。弓道をやっとたんで、そん時のもんやね。戦時中の写真やろね……こん当時は学生も武道が推奨されとったけんねぇ」



 すらりとした目鼻立ちに、凛とした立ち姿。的を見つめる鋭い視線。しかしその瞳の奥には、俺の知る伊織ばあちゃんの優しさが確かにあった。



「ふは~! 姉さんかっこよか~! 若いころは、縁組の話がたくさん来とったとばい~。でも姉さん、ぜ~んぶ断ってからねぇ。もったいなか~」



 ばあちゃん、なんで結婚しなかったんだろう? その辺りのことは、あまり話してくれなかったな。


 今となっては……本人から聞くことも出来ない。



「うん! これがよかばい! 姉さんの写真も入っとるし! 蓮くん、孫みたいなもんやし!」


「孫……か。ふふ! ですね! これ、本当に頂いていいんですか?」


「もちろん! 姉さんも喜ぶばい!」



 小梢さんは優しく微笑み、俺の首にペンダントを掛けてくれた。



「はぁ~。本当にそっくりやねぇ。姉さんったら本当に……」


「え? そっくり?」


「んーん……なんでも! あ、本当にこっちのいらん? 高川質店に持ってったら、結構な額になるんやない? ぎらんぎらん!」


「い、いえ! 本当にこのロケットだけで結構です! ありがとうございます」



 俺は伊織ばあちゃんの遺品のペンダントを胸に、式場を後にした。




 ◇     ◇     ◇




 雨が降っていた。


 この時期の雨を花時雨はなしぐれと呼ぶそうだ。その名の通り、柔らかな雨が、桜の花びらを舞わせている。


 まるで……伊織ばあちゃんを悼むかのように。


 俺は傘を差す気にもなれず、重い足取りで商店街へ向かった。


 灰色のシャッターが並ぶ道は、人っ子一人いない。


 マジか……マジでか。令和のこの時代に、こんなことがあるのか。本当にすべての店が潰れてしまった。


 俺にもっと知恵があったらこんな事には……いや、難しいとは思っていたけど、やっぱり後悔が残るな。


 みんな、ごめん。


 そして――お疲れ様。


 俺は一軒一軒、シャッターの前で頭を下げて回った。


 最後は……商店街の一番端の店、江藤書店だ。



「江藤書店、本当にありがとう。俺、この店と伊織ばあちゃんがいたから、幸せだったよ……ありがとう。さようなら」



 ――「れ……ちゃ……」――



 商店街を後にしようとした時、なにか小さな声が聞こえた気がした。振り返っても誰も見当たらない。


 気のせいか……


 ふと、視線の端に灯りの点滅が映る。


 小さな赤い灯籠とうろう鳥居とりいが目に入った。商店街の入り口、江藤書店の脇に建立こんりゅうされた稲荷神社だ。


 そういえば、伊織ばあちゃんが毎日お参りしていたな。商売繁盛と縁結びの神様だったか……これが最後になるだろうけど、手を合わせておこう。



「お稲荷様、今まで大狸商店街を守って下さり、ありがとうございました」



 って、今声に出して気が付いたが、狐が狸を守ってたのか。ふふ、なんか変な話だな。



 ――バチッ! ジジッ!



 何かが弾けるような音がした瞬間、灯籠が激しく点滅し始めた。


 なんだ?


 よく見ると、灯籠の足元から劣化した配線が突き出していて、そのすぐ傍に水たまりができている。


 漏電……?


 これ……まずくないか? 俺、びしょ濡れじゃ――



 ――バチバチッ!!!



 刹那――


 灯籠の足元から青白い火花が飛び散り、激しい電撃が俺の身体を貫いた!



「あべべべべ! やべべべべ!! し、しぬぬぬぬぬ!!!」



 間抜けな叫び声が、灰色のシャッター街に吸い込まれていく。



「だだだ、ダレかたスけ……ろうデん……か、火事……し、しに、めーーーす!」



 心臓がバクバクと鳴り、体中の汗が冷たく感じる。


 これは……本当に、死……ぬ……



 ――「れ……ちゃん!」――



 誰かの……声がする……誰でもいい……助けてくれ……



 死にたくない――!!!



 そう願った瞬間、お社が眩い光に包まれた。


 直後、光は生き物のように螺旋を描きながら俺に迫り、ばあちゃんのペンダントと繋がった。



 ――「蓮ちゃん!!!」――



 この声は――


 少し感じが違うが、間違うはずがない!



「ばあ……ちゃん?」



 光の筋はその強さを増し、俺の身体を包み込む。奇妙な感覚が足元から押し寄せてくる。



 ――シュワァァァァ……ッ!



 足が……消えていく? ええ?! 感電ってこんな感じで死ぬのか?!


 まるで、小さな虫が這い上がってくるようなゾワゾワとした感覚が、次第に全身を覆っていく。




 あ……消……え…………る…………



 これが『現世』での俺の最後の記憶だった。




 ◇     ◇     ◇




(れ……ちゃ……! 蓮ちゃん!)



 暗闇の中、俺を呼ぶ声がする。


 誰だ……懐かしい声……


 ああ、ばあちゃんか……


 そうか――


 俺、死んだんだ。



 (起きんね! 蓮ちゃん!)



 頬に温かく柔らかい感触がある。



 ――さす、さすさす……ふにふに……



 なんだこの天国のような肌触りは。



(おはぁん?! ちょ、ちょっと! なにしとるん!)


「嗚呼……これが天国か。気持ちいいなぁ……ふふふ……まるで天使のおけつだ」


(な~んがおけつね! いいかげん起きんね!)



 ――ゴチンッ!!!



「痛っって!!! ん? 痛い? 死んでるのに?」



 瞳を開けると、金色の美しい髪をした女性が俺をのぞき込んでいた。


 彼女の膝枕の上で、俺は無意識にその太ももをしっかりと抱きしめ――


 その上ものすごく、さすっていた。



「うあ! す、すみません……今すぐ――」


「だめ! まだ動かんで! なんかね、身体と魂がズレとるみたいやけん。あら~、今、叩いたのでまたズレたりしとらんやろか……」


「え? ズレ?」


「うぐぐぅ……蓮ちゃん、落ち着いて聞いてね……ふぅ~、ふぐぐぐぅ……」



 金髪美女は興奮した様子で鼻息を荒げながら続けた。



「私たちね……異世界に転生したんよ! はうぅぅん!」


「は、はあ???」


「やけん! 異・世・界・転・生! しかもね! 私たちだけやなくて――」



 女性が指さした先には、森が広がっていた。


 そしてその木々の間に、なじみのある風景があった。


 この連なる灰色のシャッター群……大狸商店街だ。



「商店街が森の中に? ど、どうなってるんだ???」


「あ、それとごめん。私があん時呼んだけん、蓮ちゃん、死んでしもうた。感電死……へへぇ」



 何を言ってるんだこの人は……というかよく見ると、この人、頭に狐のような耳が付いてる! あ……この顔! ロケットの―― 



「い、伊織ばあちゃん……なのか?!」


「……へはぁ~!」



 う~わ、この気持ち悪い笑い方……間違いない!


 伊織ばあちゃんだ!!!


 おい……おいおい、マジか。


 俺はばあちゃんと一緒に――


 商店街まるごと、異世界に転生してしまった。






『シャタエル‼ シャッター商店街、まるごと異世界へいく。エルフのばあちゃんと異世界復興。』






 ⛩――【大狸商店街へお越しの皆様へ】――⛩


 本日は、数ある商店街の中から大狸商店街へお越しいただき、誠にありがとうございます!


 この街の物語が少しでも「面白い」「続きが気になる」と感じていただけましたら、大狸便り(ブックマーク登録)や大狸基金(♡応援、★★★評価)での応援をいただけると嬉しいです!


 また、江藤書店の目安箱(応援コメント、レビュー)にご意見いただけますと、ばあちゃんが泣いて喜びます!


 お客様の応援やご感想が、大狸商店街復興の何よりの励みとなります。

 ぜひ、またのご来街をお待ちしております!


 大狸商工会・青年部 田中蓮(独身)


 ⛩――「素敵だね きみに寄り添う 街の店」――⛩










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