【グレートジャーニー】ファンタジー世界でロックンロールを歌ったら魔王の座を奪ってたが、私は止まらねえ
照喜名 是空
魔王軍はもうめちゃくちゃ編
酒カスロック女の起こした小さな奇跡
私が「ママ」に出会ったのは人間で言うと3歳くらいだ。
魔族はもうこのころから独り立ちして人を殺しまくるクソ畜生である。
「ねー、君ここら辺の子? ここどこかわかるー?」
「わからない……オネエサン……は?」
「わっかんなーい。あはははは」
薄手のワンピースに黒い上着を着た小さな女だった。
背中に何かを背負っている。武器ではなさそうだ。
いかにも不健康そうで簡単に殺せる。そう思った。
そう思ったからもう少しこの女を観察しようと思った。
魔族は人に擬態する人食い生物だから。
今ならばあれは酔っ払いだとわかる。
当時の私は何も無いのになぜそんなに機嫌が良いのだろうかと不思議だったのだ。
「あー、でも焼酎ダースで買った帰りでよかったよー。あー……うめー!!」
「それなに?」
「おしゃけ-! 君も飲む? でもまだ小さいし……あっ、動き速いねキミ!」
なるほど。この飲み物が機嫌が良くなる薬なのか。興味がわいたので飲んでみた。
苦く、妙な味だった。
毒性はあるけど少ないだろう。この女がグビグビ飲んでいたから。
「……おいしくない」
「そりゃそうだよ-! キミはまだ飲んじゃだめだぞ!」
「オシャケ、ってなに。のむとたのしくなるの?」
「そうだよー。これ飲むと嫌な事全部忘れられるんだー。私の命より大切なものだよー。キミにはまだ早いねー。でねでね、私にはもう一つ大切なものがあってね! じゃーん、ギターだ! 聞いてみる?」
「聞く?」
「そう、音を鳴らすの」
女はこちらの事をかまいもせず後に楽器という概念を知るまで良くわからない行動をした。
音を鳴らす。騒々しい。声を出す。アレは歌というものだと後に知った。
騒々しいのに、悪くない。少しだけそう思った。
「どう?」
「よくわからない……」
「そっかー。ところでお母さんかお父さんはいない? っていうか、なんか二日酔いの薬とかお家にないかな……シジミの味噌汁でもいいから……うえー……」
女は吐いた。さっきのオシャケというものによる中毒症状だとわかった。
この症状を改善するには……私にはそれをなんとかする薬がわかった。
それが私の固有魔法だからだ。「薬を作る魔法」。
私が魔法を使うと、すでに用意していた空瓶に薬がたまった。
「……これ?」
「おー……なんでもいいよー……んっんっ……ぷはー! これ効くねえ! っていうかどこから出したの? 魔法とかー? ここって剣と魔法のファンタジーだったりして! あははは! ないか!」
「うん、魔法……」
「マジ!?」
「まじ? ってなに?」
「いや、魔法って本当? じゃあお酒とか出せる?」
さっきの毒物のことだろうか? 可能だ。私はうなずいた。
魔法を使う。空瓶にサケがたまった。
「うっわ! すごい! なんもない所からお酒が出てる……すっごい! アハハハ! マジでファンタジーじゃん! あははは!」
女は何も警戒せずにその瓶を受け取った。
「飲んで良いの? いやー悪いねー……おっ、これ鬼殺しの味じゃん! すごいなー……ところでキミ、お父さんお母さんとか……?」
私は首を横にふった。当時の私のような見た目の良い幼子がこうすると人は警戒を解く。そうその時は知っていた。
「そっか。ひとりなの?」
うなずく。女は少し考え、笑顔でこう言った。
「じゃあお姉さんが稼ぎ方教えてあげるよ-!」
よくはわからないが、養ってくれるとは理解した。もう少しこの人間を利用しよう。
そう思った。
今から思えばあの決断は英断だった。いやーよくやった過去の私!
■
それから女と共にあのギターという楽器を鳴らしたり歌ったりして酒場で稼いだ。
みんなサケを飲み、楽しそうに笑顔で笑いまくっていた。
私にはわからなかった。酒の楽しさも、楽しいという感情もあまり。
それがバレたのはあの女がギターを私にも習わせた時だった。
「んー……もしかしてイブキちゃんって感情とか薄い感じなのかな?」
「……よく、わからない」
何故だ。確かに感情の模倣はあまりうまくなかった。
でも、今まではこの女はそういうことにそこまで気を配る感じではなかった。
それでも、私がこの女の曲を弾いて歌ったら一発でバレた。
殺すべきか。そう思う私に女はやはり何の警戒もなくこう続けた。
「あー……それでお酒の時も……うーん……そうかあ……じゃあさ! イブキちゃんの魔法でこう……「楽しい!」って感じが解るように……いやいや、よくないかなあ……そうだ! お酒のんだら酔えるようになる魔法とか! 薬をさ! 作るわけ!」
それは想定では相当難しいとは理解した。しかし私は魔族である。
魔族にとって固有魔法とは「
自らの魔法で本来できるはずのことをできない、とは言えなかった。
やるしかない。作るしかないのだ。
「楽しさが解る薬」と「酒を飲んだら酔える薬」を。
「……がんばってみる」
「そっかー……うん、まあ無理しないでねー」
それは意外に早くできた。2年経ってなかったと思う。
私の姿は十代中盤くらいの成体になっていた。背は小さいままだったけど。
でも。その頃には「ママ」は大分弱っていた。
多分お酒の飲み過ぎで肝臓がイッていたのだろう。
「ママ。あの薬できたよ。飲んでみた」
「あの薬ー?」
「お酒に酔える薬」
「ああ! あれかあ! いいね! じゃあ一緒に飲んでみようか!」
「うん」
私たちは私の作った「鬼殺し」を二人で飲んだ。
そういえば、この酒の名前は「魔族殺し」くらいの意味らしい。
まあ……ある意味殺したのだろう。
私の中の「魔族」を殺す最初の一杯だったと思う。
その一杯はやはりあんまりおいしくなかった。
でも、酒を飲んだ瞬間にカッと身体が熱くなって頭に甘いしびれ。そしてなんだか「楽しく」なってきた。
ふわふわとして、妙に浮き立つようで、すごく心地が良い。
「どうかなー?」
「……うん、これが酔っ払うってことなんだね。なんていうかわからないけど……ふふっ……そうだなあ……ママの言葉で言うなら……素敵? うん! 素敵な気分だ! うふふっ、うふふふふふ」
「おー! よかったじゃん! 今日は楽しみなよー」
「うん! あははは、ギター弾きたくなってきた!」
「いいよいいよー」
当時の私はギターにベースと手探りでやってみたドラムをマスターしていた。
その夜の演奏はたぶん私の長い生涯で一番だったと思う。
いや、少なくとも三番以内には入ってるはず。
さんざん歌って弾いた。
「ママ」といっしょにお酒を飲んで、メチャクチャセションした。
これが! これが楽しいってことか! と理解した。
歌って、弾いて、飲み疲れて……私は意識が落ちていくのがわかった。
その時、ねえさんが私の頭を撫でながら静かに言った。
「ねえ、イブキちゃんてさ。魔族……だよね」
そういえばそうだった。でも今は眠い。そんなことはどうでもいいや。
「イブキちゃん。もし私が死んだらさ。たぶんそろそろだと思うんだけど。そしたらさ……私を食べてよ。それならたぶん笑って死ねると思うからさ」
言われなくてもたべるよ。わたしはまぞくだもの。
その時の私はうなずいた……ような気がする。
「そっか。ありがと」
その次の朝、ママは冷たくなってた。
寿命だったのだろう。
その時は、私が殺したかったのに、と少し思ってそのままママの死体を食べた。
やっぱり、酒臭くてあんまりおいしくなかった。
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