泡沫の恋

@yamato1126

甲板に立った天籟てんらいは、嗅ぎ慣れた潮の匂いのする強い海風を受けて乱れた髪をかき上げた。

 天籟は今年二十一。

 子供の頃からこの船に乗り続けて、約十二年になる。

 日焼けをして引き締まった顔立ちに、長い髪を後ろに流し、布で包んだ額当てをつけている。黒い皮の服に身を包み、片手に曲刀を携えた天籟は船の舳先に向かった。

「お頭!やっぱり陽蓮ようれんは苑国にいるみたいですよ。苑の船からの連絡です」

 後を追ってきた部下の蒼星そうすいが弾んだ声で告げ、小さな紙切れを差し出した。天籟はその紙切れを受け取ると、頷いた。

「分かった。ご苦労、とでも返しておけ」

 彼は一国の朝廷でさえ恐れる、大海賊の頭だった。天籟は海の支配者であり、海に数多と存在する無法者の中で、苑国の王が唯一認めた華島の島主である。

 血の雨を降らす海の王。

  

 -血雨海王けつうかいおう- 

 

 彼は、万人にそう呼ばれた。

 天籟は舳先の舷墻げんしょうに手をかけ、息をはいた。

「苑国本土は……二年ぶりか」

 水平線に広がる陸を見据えたその瞳には、強い光が宿っていた。

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