第7話 思い知らせてやれ

 俺は仕事だから調査して、その調査結果を依頼人に提出した。

 結果、あの女は間違いなく離婚されるし、高確率で親権も持てず、財産分与も最小限で家を叩き出される。


 破滅だ。


 俺は仕事をしただけで、悪いことなんかしていない。

 だけど……


 間男はナラッカで、あの女を標的に積極的に誘惑したんだ。

 しかもタケルさんの言葉で考えると、バレなきゃいい、じゃない。

 最終的にバラすことを視野に入れてやったんだよ。


 これは普通の不倫とは違うだろ。

 誘惑に負けた女に責任が無いわけじゃないけど、間男の目的が普通と違ったんだから……


 俺はどうすればいいんだろうか……?

 いや、どうしたら良かったんだろうか……?


「御幸君、どうしたの?」


 俺が事務所で事件を振り返りながら、依頼について記録する文書を自分のノーパソで書いていると。

 市子に訊かれた。


 えっ、と顔を上げると


「御幸君、ふさぎ込んでるように見えるんだけど」


 図星で。

 ……言えないよ。


 ナラッカのことを喋っても、信じて貰えるわけ無いし。


 それにさ


『ナラッカのことは話さないでくれ。知らない方が良い事実だ』


 ……タケルさんに言われるまでも無いけど。

 人を喰らう化け物が実在しているなんて、知りたくない事実だろ。

 ただでさえ、生きている人間が恐ろしいのに。

 そこに化け物だなんて。


 知ったところでどうしようもないし。

 不安が増えるだけだ。


 人に化けているから誰がそうだか分かんないし。

 目の前で正体を現されたら、逃げようがない。


 ……そういえば


(オイ、タケルさんよ。ナラッカの正体を暴くあの鈴って、無いの?)


 呼びかける。

 俺とタケルさんは、双方の思考は読めず、呼びかけようと思った思念だけが伝わる仕組みになってて。


 最初は声を出して呼び掛けていたけど、今は何とかこういう風に静かに対話できるようになっていた。


 タケルさんと出会ったとき。

 タケルさんは多分鈴を使ってナラッカの正体を暴いていた。


 それに対し


『魔鈴か。あれは確実に効果が出るものでは無いし、今は手元にないな』


 えっ、鈴だろ?

 アンタが死んだ場所に戻ればあるのでは?


 そう思ったので訊くと


『使い捨てなんだ。傍にナラッカが要る状態で鳴らすと、崩壊する。そして鈴の音を聞いたナラッカが油断していれば、正体を現してしまう』


 ……ああ、そうなのか。

 でも、ナラッカが近くに居るかどうかは分かるんだろ?

 それだけでも有用アイテムだよな。

 どこに行けば手に入るんだ……?


 そう、訊こうと思ったが。


 あ、聖戦士の使命を果たす気が無い奴が、メリットだけ享受しようって。

 そりゃちょっと、ムシがいいな。


 そう思ったので、その先は言えなかった。


 だから


「間男がさ、破滅思考の奴で、人を不幸にするために不倫したとしたら、今回の事件、思うつぼなんだな、って」


 市子の言葉に、もしもの話で返した。

 事実は言えないからな。


「そう思える何かがあったの?」


 それを受けての彼女の言葉に


「いや、そう思っただけ」


 そう返した。

 すると彼女は


「……仮にそうでも、御幸君が悪事に加担したことにはならないよ。探偵の仕事をしただけなんだから」


 そう言ってくれた。

 そして


「でも、もしそうなら……」


 彼女は、パソコンで自分の仕事をしながら


「思い知らせてやりたいよね。法で守られて、合法的に他人を巻き込んだそいつにさ」


 そう、言ったんだ。

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