恐怖レストラン

木全伸治

恐怖レストラン

ふと仕事帰り、つい腹が減ったので初めて入ったお店だった。

何となく隠れ家っぽい感じの店で、外のopenという看板を見なければ開いているかどうかわからないような雰囲気だった。

ま、意外と穴場のいいお店な気がしたので、俺はカランコロンと店のドアを開けた。

店内は暗く、静かなクラシックが流れていた。意外に客は入っているようで、俺が座れるかどうか少し不安だった。もしかしたら、会員制の高級店で予約しなければ入れないような名店だったのかもと、少し冷や汗をかいた。

俺の来店に気づいたウェイターが、ツカツカと歩み寄ってきた。客の俺よりも品格がありそうな感じだった。

「これは、珍しい。あなた人間様ですか」

奇妙なことを尋ねるものだと思ったが、俺は客席に座っている客たちが、牛や羊や蛇や狼などの獣のマスクをかぶり、普通に素顔をさらしている客がいないことにようやく気付いた。

「コスプレパーティーの貸し切りですか。今日はコスプレ・ディとか?」

「お客様、少し小声で。他のお客様に聞かれると面倒ですから」

面倒?

俺にはさっぱり分からなかったが、この店のローカルルールを知らずに入店してきたのは俺だ、言われたとおり小声になる。

「あの、何か被り物をしないとこの店は入店できない決まりですか?」

「いえいえ、違います、被り物など必要ありません。お食事をなさりたいのなら、そのままで、堂々とご入店ください」

「はぁ」

「そうですね、俺様は人間に化けた悪魔だ、どうだ、完璧に化けているだろうという感じで堂々としていてくだされば、普通にお食事をお楽しみいただけます」

「もしかして、ここにいる人たちは自分を悪魔だと思い込んでいると?」

「そんなところです、どうなさいます、お食事なさいますか、やめますか」

俺は少し悩んだが、何か話のネタになるかもとここで食事をすることに決めた。

幸い、財布が乏しかったので、昼間、ATMから二万ほど下ろして財布にいれていた。いざとなったら、メニューを見て、一番安い奴を頼んで、場違い人間は、さっさと退場させてもらおう。

それにしても、皆、良くできたマスクだった。本物の動物の剥製を利用しているのかもしれない。ウェイターのアドバイスに従い堂々と空いてる席に座り、ディナーコースを頼んだ。というより、それしかこの時間帯メニューがないという、お高いのかと確認したら、心配しなくても一万でお釣りがくるとウェイターは教えてくれた。そして、コースが進んでいった、前菜からオードブルまで、どれも美味だったが、正直、周りのマスク姿の客たちが気になって、落ち着いて味わえなかった。なにしろ、マスクを外さず、食事を口に運び、マスクをしたまま食べるのだ。食事が進むにつれて、そのマスクが本物で、彼らは自分を悪魔と思い込んでいるのではなく、本物の悪魔たちだということに俺は疑いを持たなかった。

一刻も早く逃げ出したかったが、下手に狼狽えたら、かえって危険と思い、俺はデザートまでいただき、食後のコーヒーも楽しんだ。そして、客たちがどんどん帰っていくの待った。

ウェイターが俺にコーヒーのお代わりを運んでくれていた。もう客はほとんどいないから、俺と気さくにウェイターは会話した。

「よく、冷静でいましたね。本物の悪魔に囲まれて食事した気分は、どうでした?」

「俺が気づいたの、わかってた?」

「ええ、あれだけキョロキョロされていたら、気づいたんだろうなと思いました」

「いや、生きた心地がしなかったよ」

「それは良かった、どうりで、他のお客様が満足されてお帰りになった訳だ」

「満足?」

「悪魔にとって人間の恐怖は最高の珍味ですから」

「もしかして、彼らはビビってる俺を肴に食事を?」

「はい、その通りです。でなければ、ただの人間を悪魔の晩餐に同席させるものですか」

「ビクビク怯えている人間を嘲笑いながら食事か。悪趣味だな」

「悪魔ですから。悪趣味は当然です」

「で、俺は生きてこの店から出られるのかな」

「はい、出られますよ。あなたの恐怖という美味はたっぷりいただきましたから、命まで頂戴したら蛇足というものです」

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恐怖レストラン 木全伸治 @kimata6518

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