第5話『冒険者という|仕事《いきかた》』
「早速で申し訳ないのですが、冒険者になる為には、何が必要なのでしょうか?」
「あぁ、そうだな。まぁ特にコレといって必要な物はねぇよ」
「そうだな。リョウなら問題なく冒険者になる事が出来るだろう」
一世一代の……とまではいかないが、それなりに勇気をもって発した言葉は、容易く返された。
その、あまりのあっけなさに俺は一瞬呆気に取られてしまったが、すぐに気を取り直して彼らに問いを投げる。
「いや、えっと、ただ『冒険者になる』だけじゃなくて、桜と共に生きていく為に…‥」
「大丈夫だよ。分かってるから」
「……」
「二人でヤマトには帰らず生きていきたいんだろ? その為には金を稼ぐ必要があって、冒険者で金を稼ぎたい。そうだろ?」
「……はい」
「お前らの事情は何となく聞いてるんだ。質問の意味くらい理解出来てるさ。その上で、必要な物は特にねぇっていう回答なんだ」
「なるほど」
俺は頷きながら、やはり自分の中にある不安が拭えず、冒険者について詳しく聞いてみる事にした。
冒険者の実態を知らなければ不安を消し去る事など出来ないのだから。
そんな色々と考えている俺を、火の向こうに座っているヴィルヘルムさんとアレクシスさんは穏やかな笑みを浮かべながら静かに待っていた。
そして俺は、ようやく疑問もまとまり、再び口を開いた。
「色々と質問したいのですが、大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ないよ。夜もまだまだ長いしね」
「……そうだ、桜は眠くなったら眠っちゃって良いからな」
「うん。分かったよ」
俺に体重を預ける桜の頭を撫で、俺は深呼吸を一つしてから再び彼らに向き直る。
「まず、冒険者として……例えば、あのイノシシを倒す様な事をした場合は、どの程度のお金……あー、いや食事代が稼げるのでしょうか。何食分とか」
「ジャイアントボアを倒した場合、か……中々難しい質問だな」
「そんなにですか?」
「あぁ、まぁな」
これは、安すぎるのか、高すぎるのか判断が難しいな。
と、俺は横になって寝ているイノシシを見ながら考える……が、最悪は解体して肉を喰えば良いのだし。
必ずしも金にする必要は無いかと思い直す。
だが、どうやら心配しなくてもそれなりに肉が取れる分かなり高い評価をされるらしかった。
まぁ、上手くやれば俺達が冬を過ごすのに十分すぎるくらいの量が取れるのだから当たり前か。
「まぁ、ジャイアントボアを倒したなら、お前ら二人が向こう三ヵ月遊んでても問題ないくらいの金は手に入る。最低な」
「三ヵ月……というと、90日くらい、ですかね?」
「あぁ、そんなモンだな」
「なるほど」
「ただ、一つ問題がある」
「それは?」
「ジャイアントボアみたいな大物の獲物は滅多に出ないって事だ。だから、やるならもっとランクが下の奴を倒す事になる」
「……それは、中々大変そうですね」
実際難しい問題だ。
大物の獲物を狩れば、その分報酬もデカいが、そうなれば多くの冒険者が狙おうとするだろう。
しかし、俺はこの世界に来たばかりだし、その仕事を得る争奪戦にどうやって参加すれば良いか、その方法すら知らない……。
「くっくっく」
「……? 何か?」
「いやいや。お前の悩みが手に取る様に分かってな、おかしくて笑ってんだ」
「アレク」
「分かってるよ。くっくっく。別にバカにはしちゃいないさ。気を悪くしたか? リョウ」
「いえ」
「そうか。でもそっちのお嬢ちゃんには睨まれてるからな。ちゃんと謝らせて貰うよ。悪いな。リョウ」
俺はアレクシスさんの言葉に桜の頭を撫でて怒りを抑えて貰いながら、アレクシスさんが笑った意味を問う。
「まぁ、それほど難しい話じゃないさ。簡単な話でな。お前らヤマトの民ほど、冒険者は強くねぇって事だ」
「……」
「つまりは……ジャイアントボアを容易く狩れる人間などそう多くはいないという事なんだ。リョウ」
「そういう事ですか」
「あんまり驚かねぇな?」
「えぇ。まぁ。ある程度腕に自信はありますから」
「そりゃいい。冒険者なんて命知らずな仕事をするくらいだ。そのくらいが良いさ」
「しかし、それならそれで気になる事はあるな」
アレクシスさんがケラケラと笑いながら俺と語り合っている最中に、ヴィルヘルムさんが神妙な顔つきで俺に疑問を投げかけてきた。
「リョウ。お前はどうやったか知らないが、ジャイアントボアと友好的な関係になっていた。今回、俺達はソイツを追い払ってくれという依頼でここに来たから、現状でも問題無いが、もし討伐の依頼だった場合……お前にそれが出来るか?」
「桜の友達になったジャイアントボアを倒せという依頼であれば出来ないでしょう。しかし、そうでなければ別に問題は無いですよ。博愛主義という訳でも無いですからね」
「……そうか」
「その物言いじゃあ、もしそこのジャイアントボアが討伐対象になったら、敵対でもしそうだな」
「えぇ。しますね」
「「っ!?」」
「何か?」
「それは、俺らと敵対する覚悟で言ってるんだよな?」
「無論。それ以外にはありませんよ。桜の友達を傷つける様な真似はさせません」
「……」
「……」
突如、ぶつかり合った俺とアレクシスさんの視線に、空気が張り詰めるが、特に気にせず静かに視線を合わせる。
色々と情報を教えてくれるし、人間のいる町までの案内を頼んでいるが。
ただ、それだけと言えばそれだけだ。
まだ俺にとってそこまで重要な人物という訳でもない。
「アレク」
「……はいはい。分かってるよ」
「リョウ」
「……はい」
「試す様な事を言って悪かったな。こちらにそこのジャイアントボアを害する意思はない。が、ソイツが人間を襲うと討伐対象になる可能性があるから、言葉が通じるのなら頼んでおいて貰えるか?」
「桜、出来るか?」
「うん。出来るよ」
俺は桜の回答を聞いて頷き、その反応を見てヴィルヘルムさんは安心した様に笑った。
「じゃあこっちも一応上には報告しておくよ。分かりやすく頬に刀傷があるしな」
「ありがとうございます」
「しかし、ヤマトの連中はどいつもこいつも……我が強い奴ばっかりだな」
「お前がそれを言うのか? アレク」
「へっ、コイツ等に比べたら俺は普通の人間だよ」
俺はとりあえずまだ敵対はしなくて良いらしいと息を吐き、桜を少し強く抱きしめる。
まだ分からない事だらけの世界だが、ここに居る確かな温度だけは信じる事が出来ると。
「まぁ、という訳だから稼ぐことに関してはあんまり気にするなよ。依頼なら何かしらあるからな。生きていくのに困ることはねぇさ」
「ありがとうございます」
頭を下げて、とりあえず金を稼ぐ手段は問題ないなと思いながら、次の問題を問う。
「後、気になるのが家についてなんですが」
「家? まぁ、一応冒険者用の家があるにはあるな」
「その場所はどの程度安全なんでしょうか? 桜が一人で居ても問題は無いのでしょうか?」
「っ!? お兄ちゃん!?」
「どうした? 桜」
「いや、だって、今……私一人でもって!」
「まぁ、俺が仕事している間は家に居て欲しいからな」
「私も一緒に行くよ!!」
「駄目だ」
「お兄ちゃん!!」
俺は桜を抱きしめて、質問の回答を二人に求めた。
「まぁ、万全とは言えないが、基本的に問題は無いと思うぞ? 町の中で何かをしようとすれば騎士がすっ飛んでくるしな」
「それに、セオストじゃあ犯罪をしようなんて奴はいないよ」
「それは街の治安が良いという話ですか?」
「まぁ、その通りなんだが、その理由がな。街には怖い男が居るから。なんだよ」
「怖い男……」
「そ。獣人戦争の英雄。エドワルド・エルネストさ。あの爺さんが街に居る限り、みんな怖がって犯罪なんかやろうとは思わないさ」
「なるほど」
俺は桜の安全も考え、どういう人物なのか街に着いてから調べようと心の中のメモに書き残すのだった。
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