第4話『異世界の|常識《ルール》』

 不帰の森かえらずのもりを通り、異世界へとたどり着いた俺達は、深い森の中で巨大なイノシシと戦い、二人の男と出会った。

 一人は暗い森の中にあっても、光輝いている様に見える金色の短い髪を持つ、ヴィルヘルムさんと。

 暗い森の中に居ると、姿を見失ってしまう様なほど暗い藍色の髪を持つアレクシスさんだ。


 そして、俺達は街へ向かう前に日が落ちそうという事で野営の準備をしていた。


「え? ここはそんなに深い場所だったんですか?」

「あー、まぁヤマトから来たってんなら分かんねぇかもしれないが、普通の人間じゃ来ねぇ場所だよ」

「そうなんですね」

「お前らヤマトの人間にゃあ普通かもしれないが、人よりデカい奴らがうようよしてんだぞ。普通の人間じゃあ奴らの腹の中だ」


 俺は森の中で野営の準備をしながら、アレクシスさんといくつか言葉を交わしていたのだが、アレクシスさんの言葉になるほどと頷いて近くで寝ているイノシシを見た。

 確かに普通であれば、容易く喰われて終わりかもしれない。


「お。盛り上がってるな」

「別に盛り上がってはいない。常識を教えてやってるだけだ」

「こんな事言ってるが、何だかんだアレクは面倒見が良いからな。分からない事があれば何でも聞け」

「ふざけんな! お前が答えろ!」


 大量の木の枝を拾ってきたヴィルヘルムさんをアレクシスさんが軽く蹴りを入れ、ヴィルヘルムさんはそれを避けながら笑う。

 アレクシスさんも本気で怒っている訳ではなく、笑っていた。

 出会ってそれほど経っている訳では無いが、とても良い関係に見えた。


「お二人は……」

「ん?」

「お二人は、友達同士という奴なのでしょうか?」

「んー。まぁ、そうかもな!」

「違う。ただの腐れ縁だ」

「おいおい。寂しい事言うなよ」

「やかましい」


 やいやいと喧嘩を始める二人を見ながら、俺は少しだけ羨ましくなり右手を握りしめた。


「……お兄ちゃん」

「あぁ、桜。起きたのか」

「はい。十分ぐっすりしましたから」


 俺は隣に寝ていた桜が目を覚ました事で、起き上がる為に手伝おうとしたが、桜は一人でスッと立ち上がってしまった為、元気になったんだと思い出すのだった。


「お、目を覚ましたみたいだな。お嬢ちゃん」

「お嬢ちゃんではありません。桜です」

「はいはい。サクラ、ちゃんね」

「……お兄ちゃん」

「あぁ」


 桜は少しの間アレクシスさんと話をしていたが、途中で嫌になったのか俺の傍に来て抱き着いた。

 人見知りだからか、恥ずかしくなってしまった様だ。


「くっくく。嫌われたな。アレク」

「フン。ガキに好かれようが嫌われようがどうでも良いね」

「はいはい。こんな事を言ってるがな、アレクは子供好きだからさ。結構気にしてるんだよ」

「黙れ! ヴィル!!」


 再び争い始めたヴィルヘルムさんとアレクシスさんを見て、俺は困った人たちだと笑いながら、たき火の準備を進めた。

 しかし、本格的に火を付けようと、ライターを探し始めた時、ヴィルヘルムさんが俺に声を掛ける。


「あー。悪い悪い。火をつけないとな」

「すみません」

「いや、構わんさ。さて、と……どこに居るかな」


 ヴィルヘルムさんはバッグから肉の欠片を取り出し、それを持ちながら周囲をウロウロとし始めた。

 何をしているのか。

 正直まるで分からないが、今行っているのがこの世界での火を起こす方法なら知っておきたい。

 ライターのオイルも無限では無いのだから。


「お、見つけた。ほれ、旨い肉だぞ」

「……? トカゲ?」

「あぁ、こいつは『レッドリザード』っていってな。火を使う生き物なんだ」

「なるほど」

「んで、コイツにうまい肉をやると一晩火を付けておいてくれるって訳だ。まぁリョウも冒険者をやるなら覚えておいても良いかもな」

「そうですね」


 俺はヴィルヘルムさんの手の中に居る、赤いトカゲを見ながら頷いた。

 野生で今捕まえてきたばかりだというのに酷く大人しいのは人に慣れているからだろうか。

 しかし、それはそれとして話の中で気になる言葉を見つけた為、それについて聞いてみる事にした。


「冒険者というのは何でしょうか」

「あー。ヤマトには冒険者が居ないんだっけか」

「少なくとも俺と桜が居た場所には居なかったですね」

「なるほど。なら知らないのも当然か」


 アレクシスさんとヴィルヘルムさんは互いに視線を交わした後、頷いてから口を開いた。


「冒険者ってのは……まぁ、なんていうかな。何でも屋ってのが一番分かりやすいかな」

「何でも屋ですか?」

「そう。例えばの話だが、農場に魔物が出るから退治してくれ。とか」

「どこかの国に荷物を届けてくれ。なんて依頼もあるな」

「後は薬草を拾って来てくれ、とか。屋根を修理してくれ、とか。子供の相手をしてやってくれなんてのもある。まぁ色々だな」

「本当に色々あるんですね」

「まぁ、便利なんだよ。自分じゃ出来ない事を誰かに頼むってのに、冒険者組合って奴がさ」

「少なくとも冒険者は集まるからな。俺達も暇な時は覗くし」

「なるほど」


 俺は市役所の様な場所や公共職業安定所を思い出し、なるほどと頷いた。

 要するに日雇いの様な形態の仕事を提供している場所なのだろう。

 いや、日雇いというよりは仕事ごとの支払い形態か。


「でも不思議な名前ですね」

「ん? 何がだ?」

「冒険者という名前が、不思議だなと思いまして……。魔物を退治していても、屋根を修理していても冒険はしていないでしょう?」

「あー、まぁな」


 ヴィルヘルムさんとアレクシスさんは俺の疑問に微妙な顔をしながら顔を見合わせた。

 そして、神妙な顔をしながら俺を見据えて口を開く。


「リョウ。セオストに行く前に一つ覚えておいて欲しい事がある」

「…‥はい」

「聖女という存在には気を付けろ」

「聖女、ですか? 危険な人という事でしょうか?」


 俺は突然出てきた言葉に首を傾げながら疑問を返すと、アレクシスさんは静かに首を振って否定した。


「違う。聖女という存在に悪人は居ない。むしろその名前の通り、人を救う事に命をかけるくらいの善人だ」

「なら……」

「わかるだろ? 自分の命を捨ててでも他者の為にあろうとする人間なんだ。そういう人間の周りに居る人間は、聖女に対して何を思う? そして、聖女を悪く言う人間に何を思う?」

「……なるほど」

「そして、お前の言った疑問に一つの答えを返そうか。リョウ」


 アレクシスさんの言葉に乗る形でヴィルヘルムさんは口を開き、俺を見据える。


「冒険者組合を作ったのは聖女様だ。とは言っても千年以上昔の事だけどな」

「なるほど……発言には気を付けないと駄目ですね。失礼しました」

「ま! きにするな! 俺達もなんで冒険者って名前なのかはよく分かって無いからな!」

「誰でも一度は疑問に思うのさ。そして、聖女セシルが名付けたと聞いて黙る。よくある事だ」


 二人は失言した俺にも明るく笑いながら返してくれ、俺は小さく息を吐きながら安心するのだった。

 実にギリギリの発言だった様だ。

 いや、しかし、初めに会ったのがこの二人で良かったとつくづく思う。


「いや、でも助かりました」

「良いさ。ヤマトから来たのなら知らなくても当然だ」

「これからも色々と聞いても良いですか?」

「俺達で良ければ何でも聞いてくれよ」

「助かります」


 俺は二人に感謝を告げた後、無言のまま静かに俺達の話を聞いていた桜にも微笑み、一つの決意を込めて二人に次なる問いをぶつける事にするのだった。


「早速で申し訳ないのですが、冒険者になる為には、何が必要なのでしょうか?」


 これから、桜と二人で生きていく為に、金と確かな場所を手に入れる事は大事だからと。

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