光 1
「…かみ、は、かん、より先だっ!」
「…――それは、確かに神代の方が神原より、五十音順だと先になりますが、…――」
…子供みたいですけど、…――――。
美しい青空の下、緑に囲まれた広場の中で。むきになって見返してくる相手を前に、つい全然関係ないことを思っていた。
綺麗な黒瞳だな。
彼に反発して見返す黒瞳が、怒りもあるのか煌めいているのに。
むっとした顔で、彼を見上げて、見上げていることにも気に入らないようにして、くちを結んで、ぐっと背を伸ばして向き合ってくるのに。
――なんだか、想像してたのとは随分違うんですが、…―――。でも、と。
神原良人が見つめる先で、気を張ったようにして、睨んだまま見返してくるのに。
どうしよう、なんだか、かわいいかもしれない。…
ふと、気付かずに微笑みを零していた神原に。
「…―――微笑うなっ!だから、…くそっ!とにかく、俺が先だっ!」
「ええ、まあ、…別に構いませんが、…―――」
つい、ぼんやりと応えてしまう神原を、煌めく黒瞳が睨みつける。
「その程度の覚悟でここへ来るな!」
「…――――はい」
周囲の大人達、子供も沢山いるが、――が、どちらかというと、背を向けて去っていく相手の意見に同意しているようにみえるのは気のせいではないだろう。
青空の下の広場で、何かのイベントがあって、どうやら列に並んでいる人達は真剣に並んで何かを手に入れようとしているらしいと。
周囲を観察して気がついて。
どうやら、随分と並んでいる人達が多いらしいのにも。
先にいっていた名前の五十音順も、列に並んで確実にその何かを手に入れる為にはありな発言らしい、と。
名前が出て来たのも、列に並んでその何かを手に入れる為の整理券を発行する為だったようで。リストと同じ番号と名前を書き込んだ引換券らしきものを手に、見廻してみて。
どうやら、番号の発行順で引き換えになる以上、少しでも速いに越した事はないらしい、と気がついて。
しまった、…。何も考えずに真似してみてたんですが。…
どうにも真剣な周囲の様子に、ついにっこり微笑んでみせる。
「えーと、…はい」
思わず微笑みながら、周囲に手を振ってみて。
それから、目を離した間に。
「あ、まってください」
さっさと神代が先に進んでいるのに。
ふい、と向こうを向いて、背を向けてしまう相手に、淋しさを憶える。背を向けて、早足で歩いていくのに、―――――。
しばらく大股で急いで歩いて、それから。
きっ、と振り向いて、その後をあまり苦労せずに、淡々とした足取りでついてくる神原を睨む。
「おまえな?何でついてくるんだよっ、…!」
足を留めて睨む相手を、神原が首を傾げてみる。
「…それは、確かに神代、の方が神原より先でしょうけど、次は僕ですから。」
「…――――っ、」
詰まった顔をして、神原を睨んだ神代が。
「はじまりますよー!」
後ろから呼び掛ける声に、はっとして振り向く。
「…――――っ、くそっ、…!」
真剣な表情で振り向き、会場に呼び掛ける係員を睨むようにみる神代に。
のんびりと歩いている長身の神原の隣で、真剣に受取った赤い紙袋を手に神代が歩いているのに。ついでに受取ってしまった青い紙袋を不思議そうにみてから、真剣に紙袋の中をみている神代に。
「前見て歩かないと、危ないですよ?」
「…――――って、おまえ、何でいるんだよ!」
「もう随分一緒に歩いてますけど、気がついてませんでした?」
「…いつからだよ、まったく、――――」
詰まった顔で見返していう神代は、けして背が低い訳ではない。むしろ高い方だが、それでも見上げる必要がある神原を睨んで見上げる。
「だから、…―――ったく、おまえ、身長幾つあるんだよっ」
「気にしたことはありませんが、…――――」
「ったく、いい!…――で、何でついてくるんだよ!」
元気が良いなあ、と思いながら、神原が首を傾げる。
「別について行っているつもりは無いんですが、…―――。こっちの方にいくので」
「…こっちって、―――こっちには病院しかないぞ!」
顔を引きつらせながらいう神代に、神原がのんびり応える。
「はい、その病院に用があるので、―――」
「病院に用って、患者か?…今日は診療は休みだ、…。どこか悪いのか」
眉を寄せて、怪訝そうな顔で、少し口籠って訊いてくる神代に。
――――…ふうん?
ふと、思いながら首を僅かに傾げて。
「患者じゃありません。お休みなのはわかってます。…唯、―――」
「患者じゃなければ、入院患者の見舞いか?…それで、」
神原の手にしている紙袋をみて、顔を見直す神代に首を傾げる。
「いえ、入院患者の見舞いでもありません」
「――なら、何でそんなもの手に入れ、…―――ヘンタイか?不審者なら通報するぞ」
「通報する本人を相手に、それは言わない方が。…これは何なんです?」
「――――知らないでもらってたのかよ?何でまた、…――」
いいながら早足で歩いていく神代についていきながら、神原が応える。
「それはですね、―――」
聞かずに、くるりと前を向くと、急ぎ足で病院の裏口へ向かい、そこから中へ入っていってしまうのに。
もう神原を無視して、警備員がいる裏口に突進して、神代が急ぎ足で入る。
「――――神代先生、…!」
「じゃあ」
何かいっているのを無視して急ぎ足で歩いていく神代について入って、神原が警備員に微笑んで手を振る。
「あの、その、――――!」
警備員がそれに戸惑って、声を掛けようとするのに、にっこりと手を振って。
無言で突進していた神代が、不意に気づいて足を留めて振り向く。
「―――――…だからっ、!おまえ、何でいるんだよ!…警備員も何で通すんだっ、…!」
病院の中を歩きながら、ついてきた神原に神代が驚いて振り仰ぐのに微笑み返して。
「さあ、…。どうも、先生と一緒だから通してくれたみたいですね」
「…一緒って、こんな不審者と俺が連れにみえるかっ、…!くそっ、何で俺が先生だって知ってるんだよ!」
「だって、いま警備員さんが、先生って呼んでましたから」
「…――――おまえな、…!第一、…―――」
ふと、神代の視線が手にしている青い袋に向いているのに、神原が気づいて見直す。
「これ、そういえば何でしょうね?」
もらいましたけど、とのんびりいっている神原に、ぎり、と眉を寄せて神代が見返す。
「…―――神代先生?」
「…――――おまえ、これ、興味ないんだよな?つまり、いらないんだな?」
「…はい、まあ、…そうですね」
何なんでしょう、と紙袋をみる神原に。
詰まった顔で睨んで、神代がいう。
「…―――寄越せ」
「え?これを、…――ですか?」
青い紙袋を掲げてみせる神原に、手を出して紙袋を取る。
「…あの、」
その勢いに驚いてみていると。
赤と青の紙袋を手に、だっ、と神代が走り出すのを、つい見送る。
―――えーと、その。…
そうして、足音が響いた先を歩いていくと。
―――これは、…。
病棟が、少しばかりパステルカラーの装飾のある、特徴的な造りになるのに表情を消す。
―――小児科病棟、…。
神原が真剣な顔で見る前に、小児科の入院病棟がある。
いくら明るく造っていても、…――――。
子供が好きそうな絵や何かが壁に描かれていても、小児科病棟の持つある種の重さや、苦しさは消しようがない。
そう思いながら歩いていた神原の前に、――――。
「え?」
思わず間抜けた声を出してしまう程には。
意外な光景がそこには広がっていた。
「…―――神代、先生…?」
小児科のおもちゃなどがおいてある休憩所では。
こどもに囲まれて、というか、対峙して。
真面目な顔で、神代がどうやら、紙袋から取り出したらしい、変身グッズを手に。
「よしっ!対決だ!」
「――――チャージ!」
同じような色違いのグッズを手にした男の子が、真剣にポーズをとって神代と対決しているのを。
―――これは、その、…。
驚いて見ている神原の前で、五才位のこどもと真剣に対峙している神代に。
「――――…あ」
神原が床に置かれた赤い袋から、何か取り出している女の子に気付いてみる。
何か、魔法のステッキのようなものを取り出した女の子に。
「ミラクルステッキー!」
「え、おいっ?」
「ずるいだろっ!それっ、…!」
突然、魔法のステッキを持って男の子と神代の間に割って入った女の子に。神代と、男の子が驚いて見返す。
「ミラクルこうげきー!」
「う、うわっ、…!」
「ちょっとまてよっ、…―――!」
神原があきれてみている前で、神代と男の子が呪文に倒されて。
「大変ですね、…。担当患者さんなんですか?」
本気で魔法のステッキに倒された神代が起き上がるのに、背に手を貸していう神原に。
「…ちがう」
難しい顔で、神代が向こうを向いて云うのに首を傾げる。
「え、でも?」
「じゃー!またなっ!」
「じゃあねっ、…!」
青い紙袋に入っていた変身グッズと、赤い紙袋に入っていたステッキを持って子供達が手を振っていってしまうのに、難しい顔をして神代が見送る。
一緒にその背を見送って。
「違うんですか?…でも、なら何故?」
不思議そうにみる神原に難しい顔をして神代が睨む。
「いや、…だから、―――勝負してただけだっ、」
「え?」
瞬いて、つい真顔でみてしまう神原に。
ふい、と横を向いてくちを結んで視線を合わせない神代に。
「ええと、…。それはつまり、―――お見舞いとか、そういうのではなくて、…――――」
「…だから、勝負だよっ、…――――。あの連中とは、先月から勝負してるんだ、…――――負けてるが」
くやしそうな顔をして、真剣にいうのに。
ちょっと驚いて、瞬いてみつめて。
「それはつまり、…あの袋に入っていた変身グッズは?」
「――――今日は、あの公園でイベントがあったんだよ!…くそっ、連中が持ってないグッズも配布してたんだよ。限定品を配る特別イベントで。それをだから、―――相手が持ってないグッズがあったら、対決するのに不公平だろっ、…」
「…よくわかりませんけど、公園で、イベントがあって配ってたグッズで対決してたんですか」
何で対決になるのか、全然わからないんですが、と。
背中を支えたままいう神原に、神代が、ぐっとくちを結ぶ。
「だから、…とにかく!絶対に、人にいうなよっ、…!」
「え?何をです?」
突然振り向いて睨んでいう神代に、神原が驚いたようにいうのに。
「…嘘くさい奴だなっ、…!だから、いいから、おれが此処であいいつらと対決してたのは絶対にいうな、…!」
「…――――」
思わず茫然と神原が見ている前で。
突然に立ち上がり、ふい!と神代が振り返りもせずに背を向けて歩き去っていくのに。
ついその背を茫然として見送って。
「あの、…――――。素性のわからない不審者を、置いていっちゃダメですよ、…―――――」
困った人だなあ、…と。
ついなんともあきれて、毒気を抜かれて見送ってしまって。
それから、不意に。
「…まったく、―――――」
そうして、転がっているおもちゃと、置かれた赤と青の紙袋をみて。
苦笑して、何だか。
――全然、想像してた人と違いますね、…。
何だか、泣きそうだと。
泣き笑うような顔で、くちを結んで。
思わず泣くのを堪えるように、くちを咬んでいた。
窓からまだみえる、公園で行われているイベントの様子。
休憩所に置かれたおもちゃや、絵本と同じキャラクターの、同じ絵が描かれた紙袋に入っているチラシ。
「…まったく、――――」
―――勝負なんですか?と。
赤い紙袋を手に、入っていたチラシを取り出してみて。
神原は、気づかずにいた。
頬に、右眸から、涙が、―――――…。
涙が、流れ落ちているのを。
明るく響いてくる音楽と、子供達の好きなキャラクター達のイベントを報せるチラシと、…――――。
その音楽に、涙が頬を伝うのを、…――――――。
気づかずに。
日曜の昼、遠くにイベントの音楽が響く午後に。
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