第31話
寝室を出ていく宗一さんにとりあえずついていこうと思い、腰を上げる。
改めて見る部屋は物が少なくベッドくらいしかない。
寝室を出るとリビングと思わしき部屋につながっていた。
まず目に入ったのは大きなソファ。そしてその前にはテーブルが置かれていた。高級感漂うそのセットには見覚えがあった。
(ARの物と似てる……?)
部屋全体を再度見回してみると、やはり大部分が店に置かれているものと似ていた。
落ち着いた高級感漂う部屋ではあったが、生活感は皆無。
なんか、あれに近い。高いホテル。
(……でもなんか違和感、)
何に引っかかっているのか分からないまま、部屋の主を追いかけた。
宗一さんは、そんなモデルルームのようなホテルのようなリビングを素通りし、
カウンタータイプになっているキッチンらしきところに入っていった。
それからスムーズに調理を始めた彼に、意外すぎてまじまじと見てしまう。
「料理できるんですか……!?」
つい口に出てしまった。横目で睨まれ慌てて口を手で塞いた。
余計なことを言わないよう後ずさりながらキッチンを離れる。
少し距離を取ったところで左右に動く宗一を眺めながら、(ていうか俺ここにいていいのかな)と当たり前のことを考えた。
普通に考えて、目が覚めて動けるんだから帰るべきなのでは?雇い主の家に居座るのはあり得ないのでは…?
段々現状を把握していき、自分の格好を見下ろす。洋服は昨日のまま。
汚れた格好であの高そうなベッドに寝ていたことに申し訳なく思う。
手持ち無沙汰で、せめてシーツと布団だけでも整えようと寝室に戻る。できる限りの綺麗を目指した。
リビングに戻ると、お椀をふたつ持った宗一がキッチンから出てくるところだった。
促されるままダイニングの椅子に座りお椀を前に置かれる。中にはいい匂いのする卵雑炊が入っていた。
予想以上に家庭的なものが出てきて、また思わず声が出そうになる。危ない。
先に食べ始めている彼にならい、手を合わせて一口食べる。
「うっっっっっっま!?」
信じられないほど美味しくてひっくり返るかと思った。
「なんか塩味以外の味が、ふ、風味?コク?」
「もしかしてこれが『出汁』……!?」
思わず雑炊と宗一さんを交互に見る。
斜め前に座る彼は顔を反対に背け肩を震わせていた。
笑われている。
自分の動作を思い直し、さすがに大袈裟すぎたことに恥ずかしくなった。
「ひ、久しぶりに味するもの食べて、つい」
だからそんなに笑わないでほしい。
言い訳がましく口にすると顔を上げた宗一さんと目が合う。
こんなに近くから彼を見るのは初めてでだが、なんだか思っていたより若い…?
23歳の自分と、あまり変わらないように見えた。
「『味のするもの』?」
さっきの俺言ったことを反復される。
「少し味覚障害が。センチネルにはたまにいるらしいので」
「治療は?」
「う、けてないですね」
味がわからないだけで、死ぬもんでもない。
重く捉えてはいなかったが、治療放棄していたことは後ろめたさがある。
顔をそらしながら話しているとでっかいため息をつかれた。
「病院に行け。ガイディング受けてこい」
「それは嫌です」
自分の受けている感覚をバランサーに共有し、感覚異常を平常時に戻す治療は、有効的なんだろうしかかる負担も少ないんだろうと思う。
でも…
「自分の感覚を他人に共有されたくない」
「感覚障害が出てきてる段階だ、我儘言うな」
「食べ物の味がわからないだけで別に支障ないです、食事はしてます」
言い返すと小さく舌打ちされた。この人意外と粗野だな。
「またゾーン状態になられても迷惑だ、お前には役割を果たしてもらう」
「…今回はご迷惑をおかけしましたが、別にそうそうなるもんじゃないですし、」
「説得力はないな」
そのざまだ。
正面から睨まれ、言い淀む。
「たしかに説得力はないですけど、でも実際いままでなんとかやってきてますし」
「『なんとか』ね」
半笑いで言われ、ついカッとした。
「バランサーなんて信用できない!俺の母は、番でバランサーだった父親に捨てられて最期はゾーン状態から戻れなくなった」
掴まれた手首。肌に食い込む爪。引かれる腕。
5つのときだ。身長差もある。前を歩く母についていくことに必死で気付けば海の中だった。
苦しさにもがいて、薄まる意識の中。最後に見たのは底に沈んでいく母親だった。
「最期は耐えきれなくて海に入水自殺だ、俺はそんなのごめんだ。だったら最初からバランサーの助けなんて要らない」
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