第5話


最近、新田さんからの当たりが強い。


いやまあ元々好意的でもないんだけど。


店長と客がいるところでは何も起きないが、周りの目が無くなった途端態度が急変する。

わざとぶつかられたり、ぼそりと嫌味を言われたり。


正直やりにくいが、でもそれくらいならまだ良かった。

こちらを良く思っていないことは既に分かっていたし、ショックも受けない。


が、本日ついに実害が出た。


ロッカーに置いておいた仕事用の皮靴が無い。

通勤は結構歩くし靴の状態を保つためにも使い分けていた、のだが。


何度見てもロッカーはもぬけの殻だ。


あれ、結構高かったのに......。


うちの経済事情はお世辞にも余裕があるとは言えない。

余計な出費はかなりの痛手。


頭が痛いところに更なる追撃。


「新田君がロッカーに入れてた財布からお金が減ってたって言っててね、......なにか知らないかな?」


(やられた)


この店に働いているのは店長、新田さん、おれの三人。必然的に犯人は俺じゃないかと疑いをかけられる。


「知りません!」


「うん、そうだよね......。外から誰か入ってきた可能性もあるし」


新田の発言が虚偽であることは考えもしていないようだ。


ますます働き難くなる事態に、もう動くしかなくなった。














閉店後のBAR、Sky。

ゴミ出しに行った新田を追いかけ、とっ捕まえた。


「新田さん、ちょっと話があるんですが」


「......は? 泥棒が何の用?」


「それ嘘ですよね? なんで店長にそんなこと言ったんですか」


「嘘? なんか証拠でもあるの」


「......」


盗んでいない・・・ことの証明は無理だ。

この人も分かって言ってる。


やっぱり、こうなれば動揺を誘うしかないか。


「店長のこと好きなんですよね? こんなことして、バレたら嫌われますよ」


「......はっ!? お前何言ってんの!?」


動揺した様子にこちらが驚かされる。

え、あれで隠してるつもりだったのか。

店長に気付いて欲しくて、あえて分かりやすくしてるのだと思っていた。

思っていた反応と違うものになり戸惑ったが、チャンスでもある。


「今からでも、お金が減ってたのは勘違いだったって店長に話してくれれば俺も変に騒ぎません」


「言えばいいだろ、店長がどっちを信じるか掛けてみれば?」


新田はSkyで働いて歴も長い。半年かそこらの俺とは店長との絆も違う。

その期間の自信だろうか。


それとも試したいのだろうか、自分を信じると。信じて欲しいと。






「ほんと好きなんですね、店長のこと」


一途さに尊敬してしまうと同時に、呆れも混ざった。


「でも店長、ミドサーのおっさんですよ? 新田さんにはもっと良い人いるんじゃないですか?」


「は? おっさんじゃないだろ。店長童顔だし」


「それにお世辞にも仕事できるタイプじゃないですよ、この間も発注ミスってたし」


「一生懸命やってんだからいいじゃん!」


「新田さんよく若い女性のお客さんに言い寄られてるし、そっちのが良くないですか?」


「店長のが良いに決まってんだろ!」


顔を真っ赤にして言い返してくる新田に生暖かい目を向ける。


はい、言質取った。


「あー、しまったー。スマホの録音機能を押しっぱなしだったー」


「は?」


「うっかり店長の前で流しちゃうかもしれないなー」


赤い顔から一変。

青くなる顔にもう一度説得を試みる。


「店長にお金が減ってたのは勘違いだったって、言ってくれますか?」


にこり、人好きのする微笑みを向ける。

大人しくなった新田を見て、とりあえずひと息。


これでこの件は収束できそうだ。









翌日、店長に事務室に呼ばれた。


さっそく新田が話してくれたのかと期待して行ってみると、全く予想外の話。


「......え、クビですか?」


「あ、違う違う! 他店舗にヘルプに行って欲しいんだ」


ヘルプ?

このBARに系列店なんてあったか?


「ご指名だよ、あちらの店舗の方が君のこと欲しいって言っててね。

僕としても亜樹君にはここで働いていて欲しかったんだけど、あちらさんが代わりに別の子紹介してくれてね」


あちらの店舗とはどちらの店舗!?

相手も身に覚えがない。

というか代わりに別の人間を派遣!?

根回しが良すぎないか!?


「詳細はこれに書いてあるから!今日までお疲れ様でした。明日から出勤して欲しいって、よろしくね」


手渡させれた紙には明日の集合時間と店の住所が書いてあった。


突然のことに頭がついていかない。


が、逃れられない引力を感じた。






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