第2話『一部だけ違う台本が渡されていた……?』

私は自身のやるべき事、やりたい事、目指すべき目標を定めた日から少し演技を変えました。


向かい合い、戦う様な物から、相手を尊重し、それに沿いながら、その人が足りない何かを加える様なやり方へ。


夢咲さんの役である藤田陽花は読み込んで、読み込んで、知り尽くしています。


だからこそ、一人ではたどり着けないと諦めていた演技も、協力者が居るのならば、たどり着けるでしょう。


私はその完成形を知っているので、夢咲さんもきっと挑みたいだろうなと思ったのです。


そしてそれは予想通りであったらしく、夢咲さんは私の考えに乗ってくれました。


何故か監督からオッケーと言われた後、私を見て変な顔をしていましたが、満足出来る演技が出来たのなら良かったと思います。


でも、夢咲さんの演技は凄くて、そんな演技に引っ張られているのか。私も今まで以上に出来ている様な感覚がありました。


何だか誇らしい気持ちになります。


そんな事を繰り返していたある日、私はお昼ご飯を一人で食べていた所に襲撃を受けました。


相手は夢咲さんと、そのお兄さんでした。


普段私に近づく人はお父様の知り合いの人しか居ないので、お昼ご飯に話しかけられた事にビックリしてしまい、何かトラブルでもあっただろうかとオロオロしてしまいました。


そして何も言えず、黙っていた私の前で夢咲さんとそのお兄さんは私に頭を下げました。


「え……え? な、なにを?」


「ごめんなさい!」


「いや、その、何を謝られているのか。分からなくて、むしろ、こちらこそ、ごめんなさい」


私も訳が分からないまま、頭をぺこぺこと下げていました。


互いにそんな事を繰り返して五分ほど経った頃、夢咲さんのお兄さんが少し落ち着きましょうかと声をかけてくれたお陰で、私はとりあえず落ち着く為に深呼吸をする事にしました。


そしてお兄さんから受け取った紅茶の缶を開けて、夢咲さんとお兄さんに話を聞く為に意識を向けました。


「ほら。陽菜。ちゃんと謝るって決めたんだろう? それとも俺が言うか?」


「う、うぅ。分かってるもん。ちゃんと私が言う」


私は何だか微笑ましいやり取りをしている二人をほっこりと見ながら、ただ話を待ちます。


そして、夢咲さんが大きく息を吸い込んで吐いた後、私を見て真剣な表情で口を開きました。


「最初に会った時! 意地悪しちゃって、ごめんなさい!」


「えっと? もしかして、一話の撮影の話でしょうか」


「う、うん、あ、いえ。そうです。その。私、渡されてたのが一部だけ違う台本だって気づいた時に、きっと山瀬さんが主役を取られたから嫌がらせをしたんだって、言われて、それを信じちゃって、確認もしないで、山瀬さんの事敵視して、その、酷い事いっぱいしちゃったから、ごめんなさい!」


「一部だけ違う台本が渡されていた……?」


「でも、でもね。あれから何回も山瀬さんとやってたけど、全然嫌がらせなんてしないし。むしろ私がやりたいなぁって思ってる演技も、手伝ってくれるし。酷い事ばっかりしてた私を何も責めなくて、もしかして、勘違いなんじゃないかってお兄ちゃんに相談したの。そしたら、お兄ちゃんもそんな人には見えないよって言ってくれて、それで! それで……ごめんなさい!!」


「えっと、ちょっと、待ってください。大事な話です。一つ確認させて下さい。夢咲さんは確かに『あの陽だまりに咲く花』の台本として受け取っていたのに、内容が違ったのですか?」


「え? うん。そう。タイトルも同じだったし。中身はちょっと違ったけど、そういう変更なのかなって思って」


「その台本は持っていますか?」


「う、うん」


私は夢咲さんから台本を受け取って中身を確認してゆきました。


確かにおかしいです。


完全に違う物ではなく、細かく色々な場所が変えられています。


気づかなければ、決定的な場所で失敗する様に。


酷い悪意が込められていました。


でも、これを撮影前におかしいと気づくなんて、やっぱり夢咲さんは凄い人でした。


「これを誰から受け取ったか、夢咲さんは覚えていますか?」


「えっと、マネージャーさんなんだけど、マネージャーさんは山瀬さんの事務所の人から受け取ったって」


「その人の名前は分かりますか?」


「ま、待ってね。マネージャーさんに聞くね」


私はすぐさまお父様に連絡を取りました。


簡単にメールで起こった事の概要と、今日帰る時に台本を持って帰る事を書いて、渡した人の名前が分かればその人の名前もすぐに送ると書きました。


お父様からはすぐに電話が帰ってきました。


『メールの話は夢咲さんから聞いたのか?』


「はい。そうです」


『今、目の前に居るか?』


「居ます。代わりますか?」


『頼めるか』


「はい。あの、夢咲さん。申し訳ないのですが、お父様……いえ、山瀬耕作と、山瀬事務所の社長と話して貰っても良いですか?」


「え! はい! あ、変わりました。夢咲陽菜です! え!? いや、私も、何が何やらで。え!? いや、そこまでは、あ、いや、はい。そうですね。はい。それはお任せします。はい、あ、はい。では失礼します……はふー」


電話を変わった夢咲さんは何だか焦った様な雰囲気で話をしていましたが、多分お父様がその犯人を見つけ出して謝罪させて芸能界から永久に追放するとか言ったのでしょう。


役者に命を懸けている人ですから。


適当な気持ちで役者の邪魔をする人が許せないのです。


でもその気持ちは私も分かります。


くだらない気持ちで、あの神聖な場所を汚して欲しくないです。


舞台は、光り輝いているべきなのです。


そして、私は台本の真実を知り、まず最初にしなくてはいけない事を行いました。


「申し訳ありません!! 夢咲さん!! 私、とんでもない勘違いで、貴女に酷い事を言ってしまいました! なんとお詫びしたら良いか!」


「えぇ!? お詫び!? いや、悪いのは私で、山瀬さんは何も悪くないですよ! 今思えば、言ってる事は当たり前の事ですし。私がもっと確認すれば良かったという話ですし」


「そんな事ない! そんな事無いです! 夢咲さんは何も悪くないじゃないですか。それに山瀬事務所の人間がやった事なら代表の娘である私に怒りの矛先が向くのは当然です! それは正当な怒り。私は身勝手に立場も考えず、喚いただけの愚かな人間です……本当に、本当に、申し訳ありません。どうか許さないで下さい」


何という愚か者だったのでしょうか。


自分で自分が信じられません。


時間を戻る術があるのなら、今すぐ過去に戻って夢咲さんにちゃんとした台本を渡しに行きたいです。


「許すなって、お兄ちゃん。どうすれば良いの?」


「う、うん。どうしようか」


「私の事は叩いてくださっても、詰って下さっても構いません。そのお心のままに、どうぞ」


「いや、どうぞ。って言われましても」


「どうぞ!」


私は目をキュッと閉じて、ただ怒りを向けられるのを待ちました。


責任を果たす為に。


しかし、いつまで経っても何も起こりません。


どうしましょうか。と考えていると、私の固く握った手を誰かが触れました。


その衝撃に、ひゃっ。等と言いながら目を開けると夢咲さんが私の手を握っていました。


そして真っすぐに私を見ながら、言いました。


「じゃあ、一つお願いを聞いてもらっても良いですか」


「は、はい。なんなりと」


「私、探している物があって、『羅刹の谷』っていう名前の作品のビデオが見たいんです。そのビデオがありそうな場所とか知ってたら教えて欲しくて」


「羅刹の谷。ですか? それなら確かお父様の保管している物の中にあった気がします」


「……! あるんですか!?」


「え、えぇ。中身は見た事が無いのですが、確かそういう名前の物はありましたよ」


「見つかった。本当にあったんだ」


「えっと、夢咲さん?」


「山瀬さん! どうかそのビデオを私に見せてください!! お願いします!」


「あ、いえ、そんな……お願いだなんて。頭を上げてください!。私からお父様にお願いしますから」


「ありがとうございます!」


「はい。では台本の件と、こちらの件はまた分かったら、また連絡しますね」


「じゃあ、じゃあ! 連絡先、交換しませんか?」


「……! 良いのですか!?」


「はい。勿論!」


私は何だか少し仲良くなれた夢咲さんと連絡先を交換出来た事で、大きな喜びを感じていました。


嬉しくて、楽しくて。


何だかワクワクして雲にでもなった様な気持ちでした。

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