願いの物語シリーズ【山瀬佳織】

とーふ

第1話『私でも、何か出来る事があるのでしょうか』

私は山瀬耕作の娘です。


大した実力も無いくせに親の力で役者をやっている。なんて事は沢山言われてきました。


そんな事は分かっております。


お父様の娘だと言える実力がない事は、私が一番よく分かっているのです。


ですが、それでも……! 私は役者という仕事が好きなのです。


舞台で、映像の向こう側で、輝くような光を浴びながら誇らしく、そこに立っているその姿に憧れたのです。


だから、どんな陰口を言われても、蔑まれても、私は挑戦し続けてきました。


それでも、どんなに私が日々少しずつ上手くなったとしても、そんな私の変化とは比べ物にならない程の速さで成長していく天才がおりました。


天王寺颯真君。


私の一つ下で、私が何とか子役としてやっていける様になった頃から現れた人でした。


彼は誰よりも、天才でした。


天王寺君のお父様もお母様も役者だった事もあるでしょうが、天王寺君はその受け継いだ以上の物を世界に見せ、己を認めさせておりました。


誰もが天王寺君を見て仰います。


アイツは親の七光りなんかじゃない。天王寺颯真君という一人の天才だ、と。


山瀬佳織とは違うな。と。


私と天王寺君は何度も比べられました。


比べられて、バカにされて、蔑まれる。


それでも、私は戦わなくてはいけませんでした。


だからオーディションの前には十分な下調べと練習に練習を重ねて万全の状態で挑みましたし。


例えそれで、また親の力でと言われても、考えないようにしました。気にしない様にしました。聞こえない様にしました。


台本を貰ったら、全て覚えて、繰り返し、繰り返し練習をして、自分の物にしてゆきました。


お父様は優しい方ですが、演技に関しては非常に厳しい人でした。


役者という仕事に関して、私に甘えた事なんて一回も言ったことがありません。


そんなお父様が、まぁまぁだと言ってくれたのが、今回のアイドルを目指す女の子の役でした。


オーディションに参加する前に、貰った資料から役をイメージしました。何度も、何度も、何度も何度も。


積み重ねてきた物を出しながら、良い所を示しながら、私らしさを出しつつも、役の魅力を出す。


そして挑んだオーディションで、私は今までにない手ごたえを感じていました。


弟役には天王寺君が既に決まっていると聞きました。


ならば、姉役を私が取ればまたとない対決のチャンスとなるでしょう。


私は、遂に待ち望んでいた時が来たと感じていました。


天王寺君との戦いはずっと私が負けています。ですが、いつまでも私は同じ私ではありません。


今回は、それだけの準備をしてきました。


今回こそはちゃんとした戦いになるでしょう。


きっと良い物になる。


そう願って、結果を聞いた時、私は椅子に座り込んで呆然としてしまいました。


主役に選ばれたのは私ではなく、聞いたこともないアイドルの女の子だったからです。


何を勘違いしていたのだろうと、自分に対して嫌な気持ちになりました。


これは驕りです。良くない物です。


自分が誰よりも優れているなんて考えて、甘えていました。


もっとより凄い人は何処にだっています。当然の事です。


でも、ただ落ちた訳ではなく、その女の子と幼馴染で一緒にアイドルを目指す女の子の役には選ばれていたらしいですね。


それを聞いた私は、流れそうになる涙を振り払って、またその女の子の役を練習しました。


貰った台本を何度も読み返して、書き込みを加えて、お父様に見て貰って怒られて。


僅かにある天王寺君との対面では絶対に負けられないと、私は気合を入れて撮影当日を迎えました。


それなのに。


それなのに!!


「台本が違っている事に、今気づいた……? だからまだ台本を覚えていない?」


何を言っているのか理解出来ませんでした。


だって、主役に選ばれた人は、私よりも優れた演技をしていたから、選ばれたはずなのに。


「台本も覚えていないのなら、今日の撮影は出来ないでしょう。なら次回までに覚えて来てください。それすら出来ないのなら、主役は難しいと思います」


「ちょっと、待ってください! 次回って言っても明日ですよ!?」


「当然です。スケジュールは先に全て決まっているんですから。夢咲さん一人の為に動かす事なんて出来ません」


勝手すぎる。


色々な人がこの撮影の為に時間を合わせて集まっているのですから。


一人の我儘で動かせるわけがありません。


それに台本なんて命よりも大事な物を、今日まで確認しなかったなんて。


そんな適当な態度で。


そんないい加減な気持ちで。


ここに、来た。


それは到底許せる事ではありませんでした。


みんな、多くの物を削って、使って、費やして、ここに居るのに!


「アイドルで忙しいと言うのなら、役者なんてやらなければ良いでしょう? 出来ないなら出来ませんと言って、アイドルに、本職に戻れば良いでしょう!?」


気持ちが溢れてしまいました。


こんな事言うべきでは無いと、頭は理解しているのに、感情が止まりませんでした。


多分、夢咲陽菜さんという子だって、被害者なのだと分かっているのに。


それでも、止めることが出来ず、ただ感情のままに口走ってしまいました。


叫んでから、少しして、冷静さを取り戻し、謝罪しようとした時、空気が変わりました。


変えた人間はすぐに分かりました。夢咲さんです。


さっきまでマネージャーの後ろに隠れていた夢咲さんは周りの事など気にした様子もなく、淡々と台本を読んでいたのです。


そして、既に全て頭に入っているし、演技も出来ると言いました。


あり得ない。


覚えるだけなら、私だって何とか出来る……かもしれない。


出来るかもしれないですが、演技となれば、絶対に出来ないでしょう。


一回で理想にたどり着ける訳がありません。理想を描ける訳が無い。


天王寺君だって即興では、いつもの完成度はありません。


いや、それでも十分に凄い演技力はあるのですが……それは良いです。


とにかく、どんな人だっていきなり完成は持ってこれないでしょう。度重なる練習が必要です。


だから、もし夢咲さんが本当に覚えたと言うのなら、時間を取ってまた後日にちゃんとした演技にしてきて欲しいと、そう言おうとして……言葉を完全に失いました。


そこには、私が理想とした藤田陽花が立っていたからです。


寸分の狂いもなく、まるで機械仕掛けの人形の様に。完璧で、人間離れした恐ろしい美しさがそこにはありました。


「……あり得ない」


「なら、やってみれば良いんじゃないですか?」


無意識のうちに呟いた言葉は、天王寺君に拾われて、私は気が付けば夢咲さんを正面にして演技をする事になってしまいました。


怖い。


この子がただ、怖い。


本当に、この子は、人間なのでしょうか?


信じられない。


そういう気持ちを抱えたまま、向けられる敵意に応える様に、私は挑み、そして夢咲さんに敗北しました。


夢咲さんは無邪気に、私の苦手な位置へと誘導し、失敗している姿を見て、笑いました。


子供が与えられた玩具を投げて遊ぶ様に。


何の悪意も無く、ただ玩具が壊れるさまを見て、ケラケラと笑っていました。


それでもドラマが破綻しない様に、私はわざと夢咲さんに崩された後に支えられ、酷く惨めな気持ちのまま家に帰る事となりました。


正直な感想を言うのなら、もう二度と会いたくないです。


夢咲さんは、そういう人間でした。


私なんていつでも壊せる。けど、まだ壊さないであげる。


そんな風に聞こえるはずのない声が、どれだけ耳を塞いでも私の中に響いていました。


それでも、一度任された役から逃げる事なんて出来る訳もなく、私はせめて少しでも対抗出来る様にと、今まで以上に練習を重ねて挑み続けました。


結果は、言うまでもないです。




後日、一話が放送された時、私はお父様と一緒に見ていました。


おそらくお父様は酷く怒るだろうと私は怯えていましたが、意外な事にお父様は私の演技を怒る事はなく、よくやっていると言ってくれました。


こんなにもボロボロなのに、夢咲さんに負けて助けてもらっているのに。


「どうして……」


「どうした?」


「いえ、私の演技なんて、全然……! 夢咲さんの方が、私よりずっと」


「いや、彼女の演技はお前のソレとは違う。比較するのがおかしいだろう」


「演技は演技でしょう? そこに違いなんて」


「あぁ、そうか。佳織は、彼女の事を知らないんだったな」


「彼女? 夢咲さんの事でしょうか?」


「いや、星野雛という少女だ」


「星野、さん?」


「そうだ。世間では彼女を知る人間は酷く少ない。何故なら、彼女自身出演した作品はそこまで多くないし、端役が多かったからな。しかし、私たち役者は、彼女と共演した事のある役者は、あの震えるような感覚を忘れる事は出来ない」


「……」


「彼女の演技はもはや演技ではない。その人物そのものに自分がなる。その究極の姿だ。しかし、決して憧れてはいけない。太陽を目指し飛んだ男が落ちた様に。天に近づきすぎればその理想は焼かれる」


「その、星野さんという方は」


「亡くなったよ。現実には存在しない、彼女が病人の役として演じていた際に罹った病気によってな。そして、私は彼女と同じ狂気をこの少女から感じる。それはきっとお前も感じたのだろう。真面目で、純粋に役者を理想として見ているお前にだから気づけたのかもしれないな」


私はずっと夢咲さんから感じていた得体のしれない恐怖の正体を知りました。


しかし、それでどうなるというものでもないです。


「とにかくだ。佳織。お前はこの少女にはあまり深入りするな。私はかつて、星野雛を見過ぎて役者として生きていけなくなった人間を私は何人も知っている。お前にはそうなって欲しくない」


「は、はい」


「大丈夫だ。お前はよくやっている。いずれ私なんて超えて、立派な役者になれるさ」


「……分かりました。頑張ります」


私はお父様の言葉に頷き、そのままベッドで横になって天井を見上げました。


まるでおとぎ話みたいな話を、何度も頭の中で繰り返します。


かつて居たという、夢咲さんと同じ様な演技をする星野雛さんという人。


その人は役者として完成され過ぎていた為に、神様の世界へ行ってしまいました。


そして星野さんを見入ってしまった人はみんな、多分自分の演技が出来なくなって、壊れてしまったと聞きます。


一歩間違えれば私もそうなっていたに違いないでしょう。


そうならなかったのは、夢咲さんが気を付けてくれたからではないでしょうか。


そう考えると、もしかしたら夢咲さんは良い子なのではないでしょうか。


強すぎる力で周りを壊さない様にしてくれているけれど。その力の振るい方が分からないのかもしれません。


「なら、もしかしたら。私でも、何か出来る事があるのでしょうか」


天王寺君はきっと夢咲さんと戦いに行くでしょう。


天王寺君はそういう人ですから。


今日も夢咲さんをずっと見ていましたし。


その目に闘志を滾らせて。


これがいわゆるライバルというものなんだと思います。


そう考えるとお二人と戦うのは私の役目では無いでしょうね。


ならば私に出来る事は何でしょうか?


私はお二人とは違い、凡人です。


しかし、私ならば夢咲さんが普通の人と演技をする際の参考になるのではないでしょうか。


夢咲さんは凄い人ですし。力加減だってすぐに覚えられるでしょう。


「私は、私なりの全力で夢咲さんの横を歩けば、夢咲さんに普通の人を教える事が出来る。そして私は夢咲さんから演技を学ぶ! これではないでしょうか!」


私は自分がやるべき事を見つけて、気合を入れました。


また明日から頑張りましょう!


これ以上足を引っ張らない様に!


私は山瀬耕作の娘だぞ。って胸を張って言える様に。


「頑張りましょう!」

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