ウルティマ・ラティオ
@kyugenshukyu9
第1話
Eclipse first, the rest nowhere
英語の諺
唯一抜きん出て並ぶ者なし――誰もが彼女の事をそう呼んでいた、畏怖と軽蔑を込めて。
「いいか白銀、分かってると思うが接続はレスポンス3までだ。それ以上は必要ない。一気に接近して、一撃で片をつける。くれぐれも俺の邪魔をするな」
偉そうに。
「お言葉だけど」
アカネは淡々と、
「本来、私のような
三階建て雑居ビルの屋上に生ぬるい風が吹き抜け、アカネの白髪が踊るように靡く。日中の太陽は燦々と輝き、蒼天は夏の到来を示している。面を突き合わせる男の名は黒峰カグヤ、面長で小綺麗な髪型に眼鏡を掛けた如何にも神経質そうな男だ。彼と在学上のパートナーになって二週間経つが、カグヤについて知っている事は今回の試験で一位になって関係省庁に青田買いされたがっている――これだけ。後は知らない。
カグヤは青筋を立てる。
「寝言は寝て言え。
「死人は出してない。勝手に怪我をする方が悪いのよ」
「どうりで長続きしないわけだ」
クソッ、と悪態をつく。
「いいか天才女、お前は良くても、俺は今回のコレに掛けてんだ。こちとら三年だからな。そしてこれが最終選考、ヘマするなよ」
「ヘマした事は一度もない」
「
カグヤは吐き捨てるように言いつけ、
閃光。
弾けた光が収束した頃にはもう雑居ビルの目前に巨人化したカグヤが聳えていた。
巨人化――この世で男だけが持つ特殊能力。ペアで
そしてペアの片割れ、
それに彼の言い分はご尤も、どうせ長続きする関係ではない。
試験会場として建造された高層ビル群という名のコンクリートジャングルに乾いた風が吹き抜け、閑散とした大通りの人工的な荒涼さに拍車を掛ける。その幹線道路から直線距離で五百メートル先までいった所で待ち受けるのが、対戦相手の巨人である。
「始めるぞ。繋げろ」
カグヤは巨体の臍から黒くざらついた緒を引っ張り出し、屋上のアカネに投げて寄越す。パートナーの体格規格に合わせて、巨人からしてみれば糸にも等しいそれを掴む。アカネからすればケーブル程の太さだが。粒子の束みたいな形状のそれは蜘蛛の巣じみた感触で、暗黒物質が目視できる物だったらこんな見た目をしているのだろう。
両端にコネクタがぶら下がった《臍帯(アンビリカルケーブル)》を自らの腹部へ――臍に埋め込まれた接続ポートへと挿し込んだ。
「私立カトク高校の黒峰・白銀ペア、態勢完了」
カグヤの応答を受けた運営側がGOサインのサイレンを鳴らす。これで戦闘OK、試験開始だ。
カグヤが踏み込み、一息に駆け出す。巨人が幹線道路を走る。
しかし
そして、自分も許さない。
「天才だから……」
手合いの巨人との相対距離がみるみる内に縮まり、カグヤは信号機も歩道橋も構わずぶち壊しながら走り抜け、勢いそのままに相手の拳を避けながら懐に飛び込み顎を殴り上げた。
が、相手は一発KOされる事なくカグヤを睨み、お返しの一発を腹に叩き込む。カグヤが堪らずたたらを踏む。
弱い。
やっぱり低レベルなレスポンスでは一撃で雌雄を決する程の出力が出ない。
それに、こんな戦法とこの程度の機動力しか発揮できない
こんなんじゃ駄目。理想には程遠い。アカネは勝手にレスポンス2まで引き上げる。試験時の想定は3まで、それ以上は実際での現場の実戦時に要求される所謂レッドゾーンである。
破格の外皮硬度と途方もない機動力と恐るべき破壊力を内包する――それこそがパートナーに要求する理想論。
もっと強く、もっと速く、セオリーを度外視した誰も見た事がない巨人になれる男でなければ、
「あいつには届かない……!」
強引に引き上げられた接続帯のせいで、加速度的にカグヤの攻防避の速度と精度が上昇していく。面食らう相手はついていけず、一方的に被弾し続ける。あと十秒も攻勢が続けば、完膚なきまでに圧勝できる――筈だった。
ぶつっと、臍に痺れが走った。
「ちッ」
思わず舌打ちする。へその緒が外れ、カグヤの巨体が崩れ落ちる。静寂が満ち、暫くしてからサイレンが鳴る。運営側がカグヤの意識喪失を認め、合否を下した瞬間だった。
ああ、まただ。
アカネは諦観の面持ちのままビル風に白髪を遊ばせ、屋上で突っ立ったまま他人事のように一部始終を眺めていた。カグヤが忠告した通りの顛末を引き起こしたと言うのに、心は凪いだまま。
アカネにとって、パートナーの故障は見慣れた光景だった。
まもなく駆けつけた救急車から数人の救急隊員が駆け下り、既に巨人化が解けていたカグヤをストレッチャーに乗せて搬送していく。たぶん一週間ほどの入院で済むと思う。今までもそうだったから。そうして冷静に予後を推測していると、
『これで何度目だ? アカネ逃走官』
通信相手が詰問するような口調で訊いてきたので、平然と答える。
「さあ? 四人目ですかね、知らないですけど」
『いい加減にしろ』
その声色には呆れと憤りが混じり、見えなくとも軽蔑の眼差しが向けられている事は容易に想像できる。
『もう関係省庁の間でも君の話題で持ち切りだ。相棒の神経を悉く焼き切って病院送りにする天才がいる、と。いくら防災大臣が目にかけていると言っても、好き勝手に振る舞って良い訳じゃない。分かっているのか、アカネ逃走官』
ここで「故意ではありません」とか「彼に脅されて」とか言えば多少は同情してもらえる――狡い女ならばそう画策するのだろうが自分は違う。いくら侮蔑されようとも、ずる賢い女にはなりたくない。
狡くなるのは、敵を――奴を出し抜く時だけでいい。
だから言ってやった。
「ご心配なく、彼なら回復します。仮に彼が拒否したとしても、別のパートナーを見つければ済む話です」
無表情のまま冷徹な声で言ってのけた。自分の姿はドローンで確認している筈だ。
「それでは、帰ります。報告書を提出しなければいけませんので」
相手は絶句し返答を寄越さなかったので、遠慮なく通信を切る。
それこそが闘争-逃走を司る職種――白銀アカネの仕事だ。
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