第2話 あたしのこと好きなんでしょ?

 そうして大親友と過ごすこと三年目に突入する今年、私は春の長期休暇で初めて他の猫族の人と話をすることになった。私の従弟が猫族の女性と結婚していたので、挨拶にきたのだ。その猫族の人は子供を連れていた。よちよち歩きの赤ん坊だ。

 その子は親に促され、茶色のふわふわの毛並みでちょっと太めの身長からしたら長い尻尾をぷらぷらさせながら、元気溌剌に挨拶をしてくれた。


 とっても可愛かった。子供と言うのはどこの種族でもとっても可愛いものだ。だけど、その子を見て、気づいてしまった。


 私はこんなに可愛い赤ん坊を見てすら、私はフィルみたいに見とれてずっと見ていたいほど可愛いとは思わなかったのだ。

 猫族だからこんなにもフィルを可愛く感じるのだと思っていた。でもそうではなかった。猫族だからではなく、フィルだからこんなに可愛くて大好きなのだ。


 つまり、私のフィルへの好きと言うのは大親友なだけではなく、恋愛感情だったのだ。


 私は恥ずかしくなって赤面がとまらなくなってしまって、体調不良と言って挨拶だけで失礼させてもらった。そうして自室で寝転がって、自覚した自分の行動を振り返った、

 あの時も、その前のあれも、全部、フィルが好きだったんだ、と。そうして確信した。私はフィルが好きだったし、フィルも私が好きだった。両思いだったのか、と。


 学校に戻り、最終学年が始まって、そう言う視点でフィルを見てみて、改めて確認した。

 どう考えてもフィルは私のことが好きだった。いつでも一番に私に話しかけたりするのは大親友だとしても、私をじっと黙って見つめてくることも多いし、隣り合って話しているとしょっちゅう尻尾で私にふれてくるし、一緒に歩くときも私の手をよく握っていた。思うほどすでに大親友の枠を超えていた気がする。


 だから私は、まだ先のテスト対策を早々にしようとするフィルの部屋にいつものように一緒にしようと押し掛けた。


 恋心を自覚してから一緒に過ごすのは今までと違った楽しさがあった。高揚感と見間違っていた胸のときめきも、そうやって感じるとより一層ドキドキした。フィルの笑顔を見るだけで元気になる気がしていたのも、フィルと一緒にいるのが幸せだったからだ。

 

 だけど今回、フィルはいつも以上に気合を入れているようだった。いつもなら私のおしゃべりにも付き合ってくれるのに、なんだかそっけない。

 そうして真面目に勉強する姿も、ただそれだけで胸がときめいてしまう。はぁ、好き。もう二度と真面目にしないと思った勉強も、彼女と一緒なら楽しくムリなく頑張れる。


 だから勉強してもよかったのだけど、ここしばらく休日は外に遊びに行ったり校内ですごしていたので、寮で二人っきりはちょっと久しぶりで、妙にドキドキしてしまう。

 両思いなのだし、いつでも恋人になれる。この状況をもっと楽しもうと思っていた。

 だけどいざ二人きりになると、もっとちゃんと恋人になって、今まで以上に近づきたいと言う欲求がむくむくと湧いてきていた。


 だから出てってなんてひどくつれない彼女にちょっとだけむっとして、困らせたくなって非難するように言ってしまった。


 私のこと好きなくせにって。もっと優しくして。私を見て。告白して。抱きしめて。キスをして。

 そんな思いがでてしまった。私のこと好きでしょ? 好きって言って。そう思って、だけど、そうはならなかった。


 大真面目な顔で、勉強がしたいと言った。


 それを聞いて、なんだか怖くなってしまった。こんなにつれない態度を急に取るなんて。どうして? だって今までいつもこんな感じだったのに。そう考えて、私が思いつくのは一つしかない。

 両思いでは、なかったのでは? 私がフィルを好きだと自覚して、そうして態度にそれがでてしまったから、フィルもそれに気づいて、でもフィルは私を好きではなくて、だから急に冷たい態度をとっている?


 そう怖くなって、だけど妙に私を見つめてくるし、それから静かに私も勉強をすると、勉強時間が終わると途端にいつも通りの朗らかで笑顔いっぱいの様子で私を見てくれた。


 わからない。何を考えているのか。とりあえずしばらく様子をみるしかなくて、私はあまり集中できなかったけど毎日一緒に勉強会をした。

 始まる前と終わりにやたら見てくるので、いややっぱり私のこと好きでしょ? とは思うのだけど。


 そうやっているうちに、テストが始まり、テストが手元に戻ってきた。各テストの点数と学年での順位がまとめられた一覧をもらう。これはいつも各個人に配られるもので、いつもこれを二人で見比べてどちらが勝ったか競っていた。

 教科によって得意不得意もあるけど、基本的に私が勝っていた。フィルも頭がよくて努力家だけど、私より少し要領が悪かったから。


 だけど今回、ついに総合点で負けてしまった。ある意味当然だ。フィルはあれだけ真剣に勉強をしていていつも以上の点数で、私は集中力がかけていたとはいえ、いつも以上の勉強時間だったけどケアレスミスもあって少し低かった。

 ケアレスミスがなくても、ぎりぎり負けていた点数なのが本当に悔しいけど。


「ぅやったー!! 勝ったー!!」


 寮のフィルの部屋で点数を見せ合った途端、フィルは大きくガッツポーズをとって立ち上がって、文字通り飛び上がって小躍りするほど喜んだ。

 ここまで喜ばれるといっそすがすがしいくらいだけど、やっぱり、彼女に負けると悔しい。他でもない好きな人だから、めちゃくちゃ悔しい。


「そうね、悔しいけど、頑張ってたものね。おめでとう」

「ありがとう! ティア! お待たせ!」

「え?」


  ぴょこぴょこはずんで子供みたいなフィルにそう声をかけると、フィルはにっこりと満面の可愛らしい笑顔のまま、ぱっと私に近寄り私に抱き着いた。

 寮の部屋は広くはない。一人一部屋を確保するため部屋に入って右の壁に勉強机とクローゼット、左の壁にベッドでその間にソファなんかをいれるスペースはない。なので部屋でお話する時はベッドの上に横並びで座るのが普通だ。


 だから正面から抱き着かれた私は、当然のようにベッドに押し倒された。


「な、なに? どうかした?」


 慌てて尋ねながらも、あまりに近い正面にあるフィルに、一気に私の胸はドキドキとうるさくなる。上から覆いかぶさられているから逆光で暗くなっているのに、その瞳はキラキラしてお星さまみたい。

 その瞳に、私だけがうつっている。それがどうしようもなく嬉しい。いきなりでフィルがどういうつもりなのかわからないけど、それだけは事実だ。


「あのさ、勉強会の時に、あたし、テストの結果がでたら真面目に答えるって言ったの、もう忘れちゃった?」

「え? ああ、覚えては、いるわよ」


 そう言えばそうだった。意味ありげに見つめて微笑んでくるからやっぱり脈があるのでは? とか色々もやもやしているうちにそれについて深く考えるのを忘れてた。普通に不快な質問だからスルーするためにああ言ったのかと。


「うん。だから待たせてごめんね。お待たせ」

「あ、うん」


 にこにことお待たせ、なんて何の含みもなさそうな朗らかな笑みで言われてしまうと、深い意味がないのか。と感じてしまうけど、でも、待って。よく考えたら私が好きか嫌いか今から言うってことよね?

 これ、今から告白されるってこと!?


「ティア、好きだよ。あたし、ティアのこと好き! 付き合おう!」

「!?」


 告白されるのかも、と思った瞬間ドキドキしながらも心の準備をしたのに、本当に告白されて私は驚くくらいときめいてしまった。心臓がうるさいくらいだ。

 しかも付き合ってとかじゃなくて、付き合おう? 私の気持ち知られてるってこと? ど、どういうこと?


「ティア? 私も言ったんだから、ティアも言ってよ」


 やっぱり確信されている。と思いつつも、拗ねたように唇を尖らせてからそうお願いされて、断ることはできない。と言うか、私だって好きだし付き合いたいのだ。


「わ……私も、好き」


 いざ口に出そうとすると、すごく恥ずかしくなってしまって視線をそらしてしまった。


「うん! あたしも好き!」

「ちょ、ちょっと……子供じゃないんだから」


 だけどそんな私にフィルはぎゅっと私を抱きしめた。ベッドの上で私の少し上にいたので、そのまま全身をべったりくっつけるように抱きしめられている。心臓がどきどきうるさいのだけど、フィルの心臓もうるさいんだってわかる。フィルの薄い胸ごしに、私の胸にフィルの心臓の鼓動が届く。

 やっぱり私とフィルは両思いだったし、私と同じくらいドキドキしているのだ。


 その当たり前の事実が、私は安心するとともにとっても幸せな気分になったので、ほっとしながらそっとフィルの腰に私も手をまわして抱きしめ返す。あー、よかった。両思いと思ったのは私の自意識過剰ではなかった。


「もう、またそんな意地悪ばっかり言って。子供じゃない好きだから、抱き着いてるのに」

「……」

「あ、真っ赤になって可愛いなぁ、ティアは」

「わっ!? ちょ、ちょっと、いきなりすぎ」


 子供じゃないから、恋人としてベッドの上で抱き合っているのだ。それを改めて突き付けられて何も言えなくなった私に、フィルは調子に乗って私の頬に顔を擦り付けるようにしてさりげなく頬にキスをしてきた。

 と言っても当然わからないわけがない。恋人になったからって、頬だからっていきなり、そんな一方的にキスするなんて。もうちょっとこう、心の準備とかさせてくれても。


「いいじゃん。ティアのこと好きなんだから。ティアだって、あたしのこと好きなんでしょ? じゃあいいじゃん」

「う……」


 好きなんでしょ? と聞かれて先日の私の問いかけが思い起こされてしまう。


 自意識過剰ではなかったとはいえ、今思うと、だいぶ恥ずかしいセリフかもしれない。だって、付き合ってもないのに私のこと好きでしょっていうのは、うん。だって、浮かれてたから。両思いと確信してたし、告白までするかはおいておいてもうちょっと近づきたくて。

 でもまさか、ここまで近づくなんて。近づくと言うかゼロ距離だ。


「わ、私が一方的にやられっぱなしだと思わないでよねっ」


 だけど、だんだん悔しくなってきた。どうして私がこんなにおされているのだ。確かにフィルは私の気持ちを楽しいところにひっぱっていってくれるけど、でもそれはそれとして、私がからかってフィルが元気いっぱいにひっかかったり笑ったりしてるのが最高に可愛いんだから!


 私はドキドキし続ける鼓動を原動力にして、ぐっとフィルを巻き込んで回転し、私はフィルと上下を交代した。


「わっ……えへへ。ティア、好きだよ。ずっと一緒にいようね」

「馬鹿ね、当たり前でしょ。恋人になったのに、別れられると思わないことね」


 私は学校を卒業したらなんとなく実家の仕事を手伝うと思っていた。でもそんな予定は変更だ。フィルは宮仕えになるなら、新人は寮暮らしのはずだ。そんなところに一人で行かせるなんて危ない。

 可愛いフィルが悪い大人に目をつけられたら困る。私も宮仕えになって、そうだ。入局前に籍もいれたら家族寮にはいれるはずだ。うん。それだ。


「フィル、私と結婚するでしょ?」

「えっ、う、うん。結婚、する。……えへへ」


 告白はフィルがしてくれたので、私からしたプロポーズ。それにフィルは一瞬驚いたようにきょとんとしてから恥ずかしそうにしながらうなずいた。

 その可愛らしい笑顔に、今度は私から、そっとキスをした。もちろん今度は、口と口で。


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