私のこと好きでしょ?

川木

第1話  私のこと好きでしょ?

「ねぇ」

「なに? 勉強の話以外受け付けないからね」


 テスト期間前の休日、寮の自室で勉強中だ。一緒に勉強しようと友達のティアがやってきたので通してあげたのだけど、さっきからすぐに雑談して脱線しようとするので、あたしはそう釘をさしながら顔をあげた。


 ティアは私の向かいに座って広げたノートの上に頬杖をついてにやにやしている。見る人をいらっとさせるそんな顔も、私にしてみれば魅力的に見えてしまうのが悔しい。ぴんとたった三角の耳もいつも通り綺麗な毛並みで、気を抜くと見とれてしまいそうだ。


「えー、またそんなつれないこと言って。まだテスト期間まで二週間もあるのに真面目なんだから」

「あたしはティアと違うんだから、邪魔するなら出てってよ」


 ここはこの街唯一の高等学校。本来なら多額の学費がかかるので裕福な者しか通えない中、あたしは平凡な庶民でありながら奨学金をもらって通わせてもらっている。寮暮らしでありながら生活費を払わず、それどころか必要経費として結構なお小遣いまでもらっているのだ。

 将来は宮仕えになることが決まっているとはいえ、それこそ望むところ。あたしは一般生徒のティアと違い、成績を落とすわけにはいかないのだ。

 まあ、ティアはあたしみたいに必死に勉強しなくてもあたしより成績がいい、と言う意味でもあたしとティアは違うのだけど。


 族長筋の裕福な実家を持ち顔がよくて頭もいいなんて、正直嫉妬をするような相手なのに、付き合ううちに嫉妬を通り越して惚れてしまったのはあたしの人生唯一の不覚である。

 現在ティアは私より常に上の順位をキープしているのだけど、前回はたった数点差だった。今回こそ私が上になってやるのだ。と言うか卒業前は論文もあるので、今年いっぱいがタイムリミットだ。


 そんなわけで頑張っていると言うのに、呑気に友達付き合いだと思っているティアは今日は勉強するからと断ったのに、一緒にすればいいでしょと強引にやってきたので帰ってほしいくらいなのだけどついつい通してしまう。

 話しかけられて邪魔をされるけど、それはそれとしてティアが隣にいるとやる気がでるのも事実ではある。だって、その、ティアより成績よくなったら告白しようと思ってるし。相手が傍にいると早く告白したいから頑張ろうって思えるし。

 うううう、なんであたしこんなに惚れてるんだろ。はずかし。どうせ告白しても相手にされないのはわかってるけど、どうせ卒業すれば金輪際会うことはないのだ。その前に思い出として告白くらいしたい。そしてその上で、せめて一回くらい勝たないと情けなさ過ぎて告白なんかできない。

 と言うわけであたしはめっちゃ勉強を頑張っているのだ。


「あー、そう言うこと言っちゃうんだ。ひどーい。私のこと好きなくせに」

「……は?」


 あたしの態度にもにやにやしたまま、ティアはそうとんでもないことを言った。一瞬脳みそが理解することを拒否したほどだ。

 わたしのことすきなくせに? 私のこと好きなくせに!? はい!? なに言ってんだこいつ!?


「な、なにいってんの? じ、自意識過剰すぎるでしょ」

「フィルさぁ、動揺しすぎでしょ」


 やばい。あまりの事態に慌てすぎていた。これでは図星ですと言ってるようなものだ。落ち着けあたし。うまく誤魔化すんだ。

 あたしはティアから自然に見えるよう顔ごと目をそらして一息ついて、わかりやすい呆れ顔をつくって戻す。


「動揺してるんじゃなくて……呆れてんの。なんなの、好きなくせにって」

「だって、私のこと好きでしょ?」

「……そんなわけ、というか、言ってて恥ずかしくないの?」


 そんなわけないでしょ、と反論を口から出そうとして、どうしても、ない、と言えなかった。

 冷静に考えたら、ティアのことが好きと言う気持ちを否定するなんて、そんなこと言っておいてこの後テストで勝ったからってどの顔下げて告白するのか。うん。あたしの判断は正しい。

 そしてそれはそれとして、例え本当だとしても私のこと好きでしょは普通に恥ずかしいでしょ。


「えー、別に。だって本当のことだし。ていうか、質問にこたえないの? 私のこと好き? 嫌い?」

「っ」


 ここまでニヤニヤしていたくせに、ティアはそう言って不思議そうに、純粋な子供がどうしてお月さまがずっと付いてくるのか聞くみたいに、小首をかしげてそう言った。

 いや、可愛すぎる。好き、と普通に言いそうになった。と言うかもうばれてるなら言ってもいいのでは? なんかこんな風にはっきりさせようとしてるってことはティアもあたしのこと好きなのでは?


 などと弱腰になりそうになるけど、断じてNO! 万が一これで付き合えたとして、こんな、なにもかも負けっぱなしなんて嫌! 頑張れあたし! 負けるんじゃない!


「……ティア、あたし、真面目に勉強したいの」

「え?」


 あたしは自分で自分を鼓舞して、ぐっと表情にも力をいれてそう宣言した。ティアはきょとんとした。そんな表情は珍しくて可愛い。だけど見とれている場合じゃない。


「だからね、勉強がしたいの。そう言う雑談は、テストが終わってからにしてほしい。結果が出てからなら、あたしも真面目に答えるから。だからこの話はおわり。いい?」

「……ん。わかった。邪魔してごめん」


 真面目に圧をかけるように真剣にそう言うと、ティアもわかってくれたようでそうちょっとしゅんとしたように耳の先をさげて頷いた。

 うう、しゅんとするティアなんてレア。可愛い。耳がぺったりつくくらい頭を撫でたい。いや、それも全部終わってからだ!


「ううん。わかってくれたならいいよ。勉強の話ならしてくれて大丈夫だから」


 私はそう言いながらじっとティアを見る。勉強する前に目に焼き付けておこう。


 ティアに告白したってどうせ無理と思っていた。でも、なんかちょっと希望もある気がしてきた。頑張っても無駄じゃない! いやもちろん最初から好成績とること自体無駄じゃないけど! 将来につながることだけどそうじゃなくて、うん。やる気がでる!


「……いつまで見てんの? やっぱ私のこと好きでしょ」

「はいはい。いいからやるよ」


 軽く休憩もかねていたけど、つい見すぎていたらしい。ティアはちょっと照れたように頬を赤くした。でももうその言葉で動揺したりしない。あたしはやるぞ!

 こんなに可愛いティアがあたしを待ってるんだから!







 フィルとはこの学校に入学した時からの付き合いだ。私の家は裕福で幼い頃からまわりに沢山人がいて、年の離れた末っ子だったのもあり何をやっても褒められていた。

 昔から私は苦手なものはなくて、なんでもそれなりにうまくこなせるタイプだった。だから余計に、ちやほやされていた。

 そんな私だけど、この高等学校入学試験の時は苦労した。学力はもちろん問題なく、家族は全員高等学校卒業者なので何一つ疑問に思うことなく進学を決定したけれど、

 ただ両親が、ティアは賢いからきっと主席で入学するだろうねぇ。なんてことを言うものだから。親ばかなんだからと笑って流せばいいものを、私は普段の振る舞いもあってついついムキになって主席を目指してしまった。


 なんでもそれなりにこなせると言うのは、授業を受けただけで七割はとれて、ちょっと勉強すれば八割以上を簡単にとれると言うものだ。そんな調子だからこそ、私は今までなにかに必死になって一番を目指すということをしてこなかった。

 中等部でも一番を狙おうと思わずほどほどな好成績で満足していたので、どの程度勉強すれば主席なのかわからなかった。なので私なりに、これだけ頑張ればなれなくてもしかたない。と思うくらいには努力した。


 その結果、私はほとんど満点の主席の座を無事に手に入れた。

 私は達成感を味わいつつ、まあもうここまで頑張らなくてもいいだろう。と思っていたのだけど、主席として挨拶をして入学式をすませてクラスに向かったところ、隣の席のフィルが話しかけてきたのだ。


 フィルは特徴的な白い毛並みをもつ猫族の子だった。フィルは私と自己紹介をしあってから、長い尻尾をゆらめかせながら、ぴんと耳を張って薄い胸も張って、堂々と私に言ったのだ。


「あたしも主席めざしてたから、正直ちょっと悔しいな。でも次は負けないからね」


 ライバル宣言であった。漫画みたいな子だなと思った。ふんふんと鼻息荒く元気いっぱいで、ぴんと立った長い尻尾も可愛らしい。

 私は周りに犬族ばかりだった。この国全体もだし、そもそも絶対数が少ないから珍しい話ではない。だからちょっとだけ興味を持って、友達になることにした。

 その時はそこまで本気でライバルをしてあげる気なんてなかったけど、そのあと最初の小テストでケアレスミスをして私は9点。フィルは10点満点だった。


「あっ、やったー。あたしの勝ち! えへへぇ!」


 と得意満面に勝ち誇られた。それに私は、めちゃくちゃ悔しかった。


 今まで私の周りにいたのは両親と仕事関係の真面目な子や、逆に私が勉強せず遊ぶ時にいつでも付き合ってくれる勉強嫌いな子ばかりだった。だから誰も私の方が上でも下でも、それに対して大きな反応はなかった。

 だから知らなかった。こうして負けて喜ばれると、こんなに腹がたつものなのか。


 それから私は本気を出すことにした。フィルは主席に向かってライバルと言うだけあって頭は悪くないし努力家で私とそんなに変わらない成績だったのもあり、お互い切磋琢磨しあうような仲になった。

 フィルはライバルと言いながら私と一緒に勉強しようと誘ってくれた。それでいて勉強しかしないわけではなく、猫族らしい気まぐれさもある多趣味さで色んな遊びもした。


 そしているうちに、気が付いたら私はいつだってまっすぐなフィルのことが大好きになっていた。いつでも元気いっぱいで、感情表現豊かで話していて楽しくて、そしてとっても可愛い。猫族と友人になったのは初めてだから知らなかった。

 猫族がこんなに可愛いなんて。まっすぐ覗き込んでくる青い瞳、縦長の瞳孔もどこかきらめいていて、見つめあうと見とれてしまいそうになる。犬族にはない長い尻尾もうねうねと動くだけで興味深くて、時々私の手にまきついてくる時なんかすっごく可愛い。

 こんなにも誰かを大好きになったのは初めてで、これが大親友というものなのだと理解した。

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