迷惑な飛び降り
木全伸治
迷惑な飛び降り
朝、私が出勤しようといつも通りマンションの入り口を出たときだった。
ドンと、また目の前に重いものが落ちてきた。
もう数歩で、激突するほどの至近だった。だが、こう何度も落ちてこられると驚かない。
女性だった。血だらけの女性が地面にベタンと倒れている。私はやれやれと屈んで注意する。
「あの林さん。そうやって自殺を何度も繰り返すだけじゃ成仏はできませんよ」
「け、けど、誰も、誰も私に気づいてくれなくて、もう、独りは寂しくて」
「幽霊なんですから、普通の人には見えないのは当たり前。ひとはひとりで死ぬものです。自殺なんて孤独な死に方を選んだ自業自得ですよ」
「そ、そんな・・・」
血だらけの彼女が助けを求めるように私に手を伸ばす。
「一人だと寂しいから、一緒に幽霊やらない?」
「やりません。じゃ、私、会社に遅れますから」
私は、彼女を無視して歩き出した。
死んだばかりの魂は肉体という器がなくてもしばらくは元気である。
それが次第に衰弱し、最後には恨みの念とかしか残らず、ひととしての意識さえ消失する。
「ねぇ、一緒に幽霊やろう」
「ついてこないでください」
血だらけのままで彼女がついてくる。ほかの人には見えないから私が独りでブツブツ言っているようにしか見えないだろう。やれやれ。完璧に無視したいところだが、声が聞こえ、血だらけで落下の時に折れたらしい腕が90度に曲がった姿が見えてしまうのだから、完全無視はなかなか難しい。
「ひとりはつまんないの。ねぇ」
「そんなにうだうだするくらいなら飛び降り自殺なんてしなければ良かったんです」
「だって、本当に辛かったんだもん」
「仕事や人間関係でつらかった愚痴は聞きました。しかし、さらに一緒に幽霊をやろうだなんて、無理です」
「私のこと嫌い?」
「幽霊のあなたは嫌いです。生きている間に会っていたら、ちょっとは違ったかもしれませんが」
彼女と知り合ったのは、たまたま仕事帰りに、彼女の自殺現場のそばを通り、目と目が合い、見えているのがバレ、それ以来、こうして付きまとわれていた。
「実家に帰ったら? たぶん、ご両親が仏壇に線香をあげてるんじゃない」
「それはないな。もし、人でなしのうちの両親がちゃんと私の供養をしてくれてるなら、私はここにいないだろうし。49日過ぎてもこうしてあんたに付きまとってるのは、うちの両親がきちんと供養してない証拠」
「どうして、そう思うの」
「だって、あたし、借金まみれの親に風俗にぶち込まれそうになったから逃げ出してきたんだから、ちゃんと遺体が両親のもとに行ってないかも」
「なるほど、だから今もさまよっていると。なら,簡単、警察に言ってあなたの遺骨を引き取って、私が供養してあげる」
「いいの?」
「無縁仏を引き取ってくれるお寺の知り合いがいるから大丈夫」
で、会社が休みの日に、私は彼女の親しい友人ということで警察から骨壺を預かり、お寺に運んだ。
けど、それだけでは終わらず、後日、彼女の両親を名乗る中年夫婦が私のところに乗り込んできて、娘の残した遺産を渡せと言ってきた。結婚適齢期だったので、娘が結婚のためのお金をため込んでいたと思い込んでいるようだったが、そんな事実はなく、だいたい、結婚資金を貯めるような未来に希望を持っていたら自殺するわけないだろと私は言い返し、まずは彼女の供養をしろと、彼女の自殺現場に連れて行った。そしたら、自殺した林さんの住んでいた事故物件の部屋に安いからという理由で引っ越してきた女性が、林さんと同じように飛び降り自殺をして、そのとき下にいた林さんの両親の上に落ち、飛び降りた本人は助かり、下敷きになった両親は死んで、林さんは、両親と仲良くあの世へ旅立っていった。
迷惑な飛び降り 木全伸治 @kimata6518
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