この幸せな夢の続きを
雨利アマリ
最悪の目覚めと最高の二度寝
夢をみた。
幸せな夢だった。
高校へと続く道を二人で歩く。
顔が見えなくても誰かは分かってしまう。もう二度と一緒に歩くこともできない、彼女。
同じ制服で、同じカバンを持って、同じ歩調で二人で歩く。
決して叶わないと分かっていても何度も夢にみた光景。どれほど願っても訪れることはなかった時間。
何を話してたのか覚えていないけれど、満ち足りた時間だった。他のどんな瞬間よりも幸せだった。
この時間がずっと続けばいいのにと、そう思った。
目覚めたくないと思うほど幸せで、ずっと浸っていたいと思うほど心地よくて。
そして、これ以上ないほど最高の悪夢だった。
「あぁー最悪だ」
朝。目が覚めた瞬間気分は最高から最低へと急降下。すべてがどうでもいいとすら思えてくる。
今日は午後からの大学も、その後のバイトも。あとついでに俺の隣で眠っている知らない女の子も。
顔はかなり良い方だな。髪はショートヘアーだ。体は布団で隠れて見えないが、首が細いからスタイルもいいのではないかと勝手に思う。
枕元には黒縁の眼鏡がある。そうかメガネっ子か。なるほど確かに似合いそうだな。
……おっといけない。さっそく直前の思考と矛盾している。どうでもいいと言っておきながら、がっつり観察してしまった。
そうだ、面倒事は一旦置いておこう。悪夢と一緒に忘れるに限る。
俺の毛布を巻き取ってモコモコしていることに若干腹は立つが、それも置いておく。
まずは水でも飲むか。
寝ている女の子の上を跨ぐのはなんか抵抗あるけど失礼してっと。
「あれ?」
ベッドから降りるとそのまま膝から崩れ落ちてしまった。
さっきの夢か思ったより堪えたようだ。まいったなぁ。
今日のような夢を見るのことは何度かあった。そのたびに最低でも一日は引きずるのだ。
本当、自分のメンタルの弱さが嫌になる。
もう一度。今度はしっかりと足に力を入れて立ち上がり、冷蔵庫へ向かう。
水を飲むと少しはスッキリしたがまだ気分は晴れない。
「もう一回寝るか」
ベッドの上では知らない女の子がまだ寝ているけど、抱き枕だとでも思えばいいや。
再び女の子の隣で横になる。
毛布はこいつに取られて少し寒いけどくっついていれば暖かい。
でも本当に顔は良いな、こいつ。ぶっちゃけるとかなりタイプだ。
これで正体不明でさえなければなぁ……。
ちょっと触れてみてもいいだろうか。俺の隣で無防備に寝ているこいつが悪いってことで。
そっと手を近づけ頬に触れる。
おっ、肌すべすべだ。
「あっ……」
「…………」
え? これ起きてる?
ま、いっか。
今度はつついてみる。
おおっ、ぷにぷにしてる。
「んっ……」
また声が上がった。ちょっと面白いな。
頭も撫でてみたい。
おおおっ、髪の毛サラッサラだ。やばいこれ、気持ちいいな。
「ひょぇぇ……」
「っっ……」
なんか面白い声がした。危うく笑うところだった。
顔を見てみると目と口をキュッと閉じてプルプルしてる。調子に乗りすぎたかな。
ってか俺は一体何をやっているんだろう?
朝起きたら隣で寝てた知らない女の子にちょっかいかけて。
明らかにヤバい状況なのに自分でも驚くくらい動じていない。多少感情の変化が乏しい自覚はあったが、ここまでとは。
それともさっきの夢の方が衝撃が大きかったからだろうか。
夢……。
彼女、か……。
「もしあいつがいたら、こんなふうに……」
ふと口から出かかった言葉を飲み込んだ。
隣で寝たふりをしている知らない女の子に聞かせることではない。
もし彼女が生きていたら、こんなふうに一緒に居れただろうか?
それは今までも何度も考えたこと。あるはずのない今を想像し、その度にどうしようもなく死にたくなる。
大学生になり一人暮らしを始めてからは、余計に考えてしまう。
自分しかいない静かな部屋で、幸せだったあの頃とあったかもしれない今に思いを馳せる。
特に一年目は毎日毎日何度も何度も繰り返し、頭がおかしくなりそうだった。
二週間に一度は夢も見た。翌朝は大学に行くことすら出来ないほど体に力が入らなかったこともある。
最近は夢も見ていなかったのになぁ。
ああ、また考えてしまった。目を閉じて想像してしまった。何度も思い描いたあの光景を、また。
隣に誰かはわからないけれど可愛い子がいるのに。こんな変な状況なのに。
それでも俺は……。
俺は今どんな顔をしているのだろう。
もし目の前の女の子が目を開けていて俺を見ていたら、どう思うのだろう。
別にどうでもいいや。
全部忘れてもう一度寝てしまおう。
そうしたらあの幸せな夢の続きが見られるかもしれないとか、心のどこかで思てしまっている気がするけど、必死に目を背けて。
どうせならそのまま目覚めなければいいのに、なんてね。
だんだんと意識が遠のいていく。
「あー、いっそ……あのとき……んでおけば……」
「大丈夫、だよ」
完全に眠りに落ちる直前に、優しく抱きしめられたような気がした。
温かい手で頭を撫でてくれたような気がした。
それは、とても心地よくて。
ずっと包み込まれていたいと、そう思った。
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