片思いし続けた人は異世界ものガチ勢でした

えむ

第1話 世界が変わった日

 本格的に冷え込み始め、部活に向かう生徒たちの話し声には白くなった息が一緒に出始める。

 だが屋上へと向かう俺は緊張で鼓動が脈打ち、学ランの下にほんのり汗をかいていた。



 12月15日。街はクリスマスに向けてイルミネーションでキラキラしている。

 毎年クリスマスは昼間に部活をし、夜は親の買ってくるケーキを食べるだけのイベントだった。

 

 だが今年はそれ以外の予定を入れたい。俺は密かにずっと好きだった人を呼び出したのだ。


 その人は屋上からテニスコートを見下ろしていた。

 屋上へと出る扉の明かり窓からその人が見えた瞬間、さらに鼓動が脈を早めた。綺麗な黒髪はポニーテールにされ、時折吹く風でなびいている。


 勇城千鶴ゆうきちづる先輩。

 高校三年生で、俺の一つ上。スポーツ万能で頭もよく容姿端麗。おまけにフレンドリーで年齢や性別関係なく誰にでも同じように接する完璧な人。

 それだけに告白した男子生徒の噂はよく耳にしたが、付き合った人の話は聞いたことがない。


 つまり俺にもチャンスはあるということだ。


 大きく深呼吸をして扉を開ける。古い金属製の扉はギィと音を立て、気付いた先輩がこちらを振り返った。

 さらに脈を早めた感覚を感じながら俺は先輩へと近づいていく。


「君……『ヘイキン』君だよね?」


 先輩が先に口を開いた。綺麗にぱっつんに切りそろえられた前髪が少しかかった目はしっかり俺を見ている。

 驚いて何も答えず固まる俺を見て先輩は少し首を傾げる。


「あれ、違った?」

「いや……あって……ますけど……。なんでそのあだ名を……」


 ぎこちなく答えた。

 完全に出鼻をくじかれた。おまけに、あまり知られてほしくないあだ名まで知られていた恥ずかしさで顔が火照るのを感じる。


 平均一郎たいらきんいちろう。俺の名前だ。

 あだ名は『ヘイキン』

 由来は……名前を見ればわかるだろう。学力はクラスの真ん中くらい、スポーツも別に上手くもなく下手でもない、パッとする特技があるわけでもない。イケメンでもないし、不細工でもない(……と思っている)

 そんな小馬鹿にした意味も含まれているが、昔からそう呼ばれているのでもう何も気にしていなかった。でも好きな人から呼ばれてあまり嬉しい名前ではない。


「良かった。合ってた。クラスの男子が君のことをそう呼ぶの何回か見てるし、変わった名前だなって憶えてたんだよね」


 嬉しいような悲しいような微妙な気持ちを言葉にできないでいると、

「小学校も中学校も同じだよね?」と、先輩が続けた。

「そ、そうです。知ってたんですね」


 思っていたより先輩が俺のことを認識していて緊張が強まった。


 俺と先輩はずっと同じ学校に通っている。

 そして俺は小学校から先輩を好きだった。


 だが、先輩と話す機会があったわけではない。

 なにかのきっかけがあるかもと期待して同じテニス部に入っていたが、活動は男女で分かれていたし、委員会などで先輩と被ったこともない。

 全校生徒は数百人といるのに、こんな特徴のない男子のことを覚えているものだろうか。


 ——もしかしたら少し希望があるのかもしれない。

 

 少しだけ勇気がわいたところを

「さすがにずっと同じ学校にいれば覚えるよ。行事とかでたまに顔見かけるし。名前知ったのは去年とかだけど」 

 先輩が無邪気に笑いながら希望を打ち砕いた。

「それで、今日はどうしたの?」と、先輩が続ける。


 先輩の前まで来たらすぐに告白する予定でいた俺は、完全にタイミングを逃し、入れてきた気合ももうどこかになくなっていた。

 誤魔化して逃げることもできるだろうが、せっかく勇気を出して呼び出したのにそんな格好悪いこともしたくない。

 何度も告白されている先輩ならもう、うすうすどういう用事か気付いているはずだが男ならしっかり言葉にしろと自分を奮い立たせる。


 今日一番の早さで脈が打ち始める。


「えっと……俺」


 拳を握ってもう一度気合を入れ声を絞り出す。頭を下げて一気に続けた。


「ずっと先輩が好きでした! 良ければ付き合ってください!」

「えっ」


 言い終わると同時くらいに先輩の声がかぶった。

 俺の告白への驚きの声ではないことを瞬間的に感じとった俺は、閉じていた眼を開け頭をあげる。


 先輩の足元が光っていた。


 その光は先輩の足元を中心にいろんな方向へ線を伸ばし始め、途中で枝分かれしながら模様を描いていく。ところどころに見たことのない文字のようなものが現れ始め、伸び続けた線は外側が円になるように繋がり動きを止めた。


 一瞬で俺の足元を超え描かれたそれは、完成したのか輝きを一気に増し始める。

 眩しさのあまり手で光を遮ろうとした時、先輩の顔が一瞬だけ見えた。



 目を輝かせ笑っていた気がした。



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