Tell me what you want

第1話

 寂れた街の中にあったコンビニともいえない小さな店の前を通った。車窓から店の中を覗いてみて様子を伺うが、特に人影や客の姿は見受けられない。僕はそれを確認した後、車に打ち付けてくる雨音に息を吐きながら、さっそくと言わんばかりに車のエンジンを消して、そうして店内へと入っていった。

 小気味のいいラジオの音声がカウンターから聞こえてくる。そちらのほうに視線を向ければ、店主らしき中年の男性が暇そうに雑誌を読んでいるようだった。壁に寄りかかりながら、あからさまに暇そうな態度をしている彼に近づき、僕は声をかけていく。

「すいません」

 疲れがあったせいだろうか、上ずった声が店内に響いた。それでもはっきりとした音にはなっていたはずなのに、店主は特に気にしないというように雑誌のページを一枚捲っていく。それが愛想の悪さを表しているのか、それとも雑誌に夢中になっているのかはわからない。僕は改めて、すいません、と彼に声をかけていた。

 店主はようやく僕の声に気づいたようで、雑誌に沈めるように潜り込んでいた顔をこちらに向けてくる。威圧感を覚えさせるような視線とともに、あ? という敵意を含んだような声が僕を気後れさせてくる。けれど、ここで退いてしまっては仕方がない、と話を続けることにした。

 ポケットの中にいつも忍ばせている写真を一枚取り出した。数年も握りしめているせいで、今では原型をとどめていない湿気った絵になっているが、それでもその写真には一人の女性が描かれていた。

「僕はこの写真の女性を探しにここに来たんです。……多分”ぎょそん”と呼ばれる場所にいるはずなんですが、何か知っていますか?」

 縋るような気持ちで僕は声を吐き出した。紡いだ言葉には震えが交じっていた。祈りを言葉に込めていた。

 だが、唐突としか言えない僕の質問に、不機嫌だった店主の顔は更に歪んで曇っていく。そして僕の質問に対する返答は「漁村? ……知らないよ」という愛想のない一言でしかなかった。

「ここでその単語を出すのはやめてくれないか。……何も買わないんだったらとっとと帰んな」

 忌避するような店主の態度に僕は感づいた。勘づいたままに「何か知っているんですかっ」と大きな声でまくしたてるように彼に言葉をかけた。

「何か知っているのなら教えてください、彼女は何かしらの集団に入ったはずなんです。そしてその集団が”ぎょそん”と関係しているようで──」

「──本当に知らないよ。こっちだって暇じゃないんだ、何も買わないならとっとと帰ってくれ」

 店主はそう言って、もう話す気がないことを示すように再び雑誌に顔を沈めていく。

 もう、これ以上彼に聞くことはできないらしい。僕は諦観を背負って車に戻ることにした。


 雨に少し濡れた冷たい肌をあたためるように、僕は車のエンジンをかけた。古い型のものだからだろうか、軋むような歯車の音が大きな音で響いて、一瞬耳を塞ぎたくなるような衝動に駆られる。それをこらえながら、手の中で包んで隠している写真を僕は取り出した。

「……絶対、この近くにいるはずなんだ」

 彼女が、……婚約者がいなくなってから何年ほど経過したのだろうか。

 突然のことだった。いつものように朝起きれば、いつも隣で一緒に過ごしていた彼女は朝霧の中に消えるようにいなくなっており、そうして僕は彼女を失ってしまっていた。

 唯一、手掛かりとして残されていたものは、僕が寝ている間にかかってきたらしい留守番電話の彼女の声と、そして僕がいつまでも握りしめている彼女の笑顔を閉じ込めたアナログなフィルム写真であった。それら以外にもたくさんの写真を彼女と取ったはずなのに、そのすべては誰かに持ち去られており……、いや、おそらく彼女が処分したのだろう。今となってはその二つくらいしか手掛かりと言えるようなものはなかった。

 その留守番電話は公衆電話から掛けられたものらしく、彼女の携帯などについては家に置いてきぼりにされたままであった。確かに公衆電話からかかってきていた彼女の留守番電話、そこに録音された音声には、ただひたすらに謝る彼女の声と、そして雑音の中に混じった『ぎょそん』という言葉だけが残されていた。

 ……次第に強くなっていく雨にそろそろ走り出さなければいけないことを悟る。

 徐々に暗くなっていく世界から逃げるように、僕はアクセルを踏んだ。



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