第10話 どうする?

 私は馬や獣たちの様子を見るため、城の玄関付近までやってきた。広間に置きざりになっている馬車を囲んでいるみんなの姿が見える。


「みんな、無事?」

「がうがう! がう!」

「ヒヒィィン!」


 さっきまで床にへたり込んでいたはずの馬や獣たちは、広間で追いかけっこをするほど元気になっていた。楽しそうに私の元まで駆けてきて、私に体を擦り寄せる。


「あはは! くすぐったい! でも元気になって良かった!」

「がうがうがう!」


 魔物である獣たちはともかく、帝国から一緒に旅をしてきた馬たちにも瘴気の影響はないみたいで、ホッとひと安心する。


「あのね、みんな。私、ここでしばらく暮らす事にしたの。でも、みんなはどうする? みんなにも生きたい場所、やりたいことってあるでしょ? だから、ここに残るか、帰るか、決めてほしいの」

「がうがう?」


 行くあてのない2頭の馬はすぐに私の元へ来て、顔をこすりつけてきた。


「あなたたちは、一緒にここで暮らす?」

「ヒヒィィン」


 うん、と頷いたように見える。


「がう」

「がうがう」

「がう」


 獣たちは互いに顔を見合わせてから、馬たちと同じように私の足元で私に服従の姿勢を見せた。


「あなたたちも? ……帰らなくて平気?」

「がう!」


 もちろん! と言っている気がする。

 初めて会った時の事を思い出す。ひどくお腹を空かせていた彼らの事を思えば、たしかにあの山に帰る事が幸せとは限らないのかもしれない。


「そっか。わかった! みんな、これからもよろしくね」


 みんなの頭をなでる。この子達はもう私の家族だ。もちろん、ルールーも。これからも一緒に、協力して生きていきたいと思う。


「じゃあ今更だけど、みんなに名前を付けてあげないとね」


 2頭の馬の顔をなでながら、うぅんと考えた。


「そうだなあ。……あなたたちは、フウとライ。どう?」

「ヒヒィィン!」


 喜んでくれているみたい。良かった!

 

「そしてあなたたちは……チョコ、チップ、クッキーでどう?」

「が、がうぅ?」

「あ、ちょっと! 嫌そうな声ださないでよ! 好きでしょ、クッキー!」

「がうぅ……」


 微妙な声を出すチョコチップクッキーズ。納得してくれたかどうか、だいぶ怪しい。いや、納得してないな。

 そんな話をしていると、頭上からドアの開く音が聞こえた。


「アリシア」


 名前を呼ばれて、階段の上に目を向ける。その先のドアから魔王が姿を見せた。


「魔王、様」


 改めて魔王と顔を合わせたら、さっきのキスを思い出してしまう。良いキスだった。……いや、違う! そうじゃなくて! あんなキスをしておいて、どんな顔をしたら良いというのか。どう接するべきなのか、咄嗟に迷ってしまう。

 私がただの住人なら、魔王は私にとって大家さん?

 そんな事を考えていると、魔王は階段を降りながら穏やかに言った。


「吾輩の名は『魔王』ではないぞ、アリシア。我が名はラインハルト。……いや、お前は特別に、吾輩を『ライニ』と呼ぶがよい」

「それはさすがに馴れ馴れしすぎます! 私は一般人で、あなたは魔王様でしょう?」


 慌てて拒否する私に、魔王が近づいてくる。


「悲しい事を言うな、アリシア。そなたとは肩書き抜きで付き合いたいのだ。そなたの前では、吾輩は魔王ではない。ただの孤独な男にすぎない。だから呼んでほしい、『ライニ』と」


 魔王の美しい顔を彩る、鮮血に濡れたような真っ赤な目。悲しげで孤独をまとった目には、王の威厳なんてない。あるのは私を求める悲哀だけで、私はそれを無下に出来なかった。


「……ライニ、様」

「『様』はいらない。ライニだ。ただの、ライニ。……呼んでみて」


 背筋を伸ばして立っていた魔王が、姿勢も、言葉も崩してガードを緩める。品位を捨て、「ただの人」として振る舞う彼は、それだけ人との繋がりに飢えているように見えた。


「わかりました。……ライニ」


 親しみを込めて愛称を呼ぶと、ライニはまるでお菓子を貰った子どものように笑う。


「ああ、アリシア。この城へ来てくれたこと、心から感謝する。わからないことがあれば、吾輩になんでも聞いてほしい。この城に住む『仲間』として、アリシア、きみの力になりたい」


 そう言った彼は、それまでの「魔王」としての雰囲気とはずいぶん違った。

 柔らかな表情で握手を求めてきた彼に、私も応じる。血の通った温かい手だ。

 不思議な人。

 この人が一体どんな人なのか、なぜ私をここへ連れてきたのか、なぜ私を嫁にしたいのか。そしてなぜ、私の胸はこんなにドキドキしているのか。全部全部、知りたくなってしまう。


「ライニ、じゃあ、このお城の中のこと、教えてもらっても良いですか? 案内してもらいたいです」

「もちろんだ。だがアリシア、その言い方では駄目だな」

「え? なぜ?」


 ライニが意地悪く微笑む。この言い方じゃ、駄目?

 じゃあ、こう?


「案内、してください」


 私は両手をアゴに添え、上目遣いにライニを見つめながら首をかしげてみた。渾身の地雷系ぶりっ子ポーズだ。


「グッ……」


 ライニの口から変な声が漏れる。ニヤけた口元を片手で隠しているあたり、効いているらしい。

 ただ、ライニは首を横に振っている。


「アリシア、そうじゃない。そうじゃないんだ。そうではなく、もっと友人を相手にするような口調で接してほしい。そう言いたかった」

「ああ、タメ口!」


 そっか、恥ずかしい! 何をしているんだ私は! ぶりっ子ポーズなんて自分を可愛いと勘違いしているようで痛すぎる! 消えてしまいたい……!

 両手で顔をおおうと、その手をライニが引いた。あらわになった顔にライニの顔が近づいてくる。


「そんなに照れるな。……可愛かった」


 耳元で甘くささやく。

 ライニはずるい。本当にずるい。


「さあ行こう、アリシア。案内する」


 そのまま私の手を握って、ライニは階段下の扉へ向かって歩き始めた。城を案内するという。


「お前たちは留守番だ。主の恋路を邪魔するでない」


 ついて来ようとしたフウやライ、チョコたちに、ライニが魔王然として釘をさした。ルールーもチョコたちも委縮して動きを止めている。これはなんだか可哀想。


「ライニ、連れて行っちゃ駄目なの? この子たちだって一緒に暮らすのに、案内しないの? ずっと玄関ホールで生活させるつもり?」

「……む」


 私の訴えにライニは少し考えて、小さくうなずいた。


「わかった。では部屋を用意しよう。ついてくるが良い」

「やった!」

「がう!」

「ヒヒィン!」

「ぴっきゃあ!」


 大所帯になった私たちに、ライニが冷めた目を向ける。肩を落としたライニと共に、私たちは城の中を探検し始めた。

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