インターネット老人会

「運転手さんは、インターネット老人会を知っていますか?」



 それは唐突な質問だった。今回の乗客は30代前後。おそらく、インターネット老人会の一員なのだろう。私は「少しは」と無難に返す。



「自慢じゃないですけど、僕はインターネット黎明期から触っていてね。インターネット老人会の中でも長老的なポジションなんですよ」



「それは興味深いですね。具体的にはどんなことをするんですか?」



「まあ、昔のスラングや言葉を懐かしむくらいですよ。そんな大層なものじゃありません」



 乗客の顔が曇ったことを、私は見逃さなかった。ミラー越しでも分かるくらいなのだ、深刻な悩みがあるに違いない。



「その表情からするに、何か問題を抱えているように見えますが」



「ええ、まあ。いや、最近になって、インターネット老人会の掲示板にアクセスできなくなりまして。ほら、パソコンでエラーがあると404って表示されるでしょう? あの状態なんですよ」



 私が「それは単なるネット環境の問題では片付かないのですか?」と訊ねると、「他の仲間はアクセス出来るらしいのです」と、意外な答えが返ってきた。



 男性のパソコンだけうまくアクセスできない。そうなると、特定のパソコンだけ404表示になるよう、設定されているのだろう。



「インターネット老人会の掲示板で何か議論がありましたか?」私の問いかけに、彼は少し顔を曇らせた。



「いや、先日『ネット黎明期の知識』について書き込んだんですが、他の人たちに無視されたんですよね」



 この時点で、私の仮説はほぼ確信に変わった。



「なかなか難しい問題ですね。パソコンに詳しい人に対策をしてもらうのが一番でしょうね」



 私は解決策と言えるか分からない提案をする。これくらいは乗客だって試したはずだ。しかし、私の心の中では、一つの仮説が出来上がっていた。「404」はエラー表示以外にも意味がある。英語で「404」とは、向こうのスラングで「無知」という意味がある。つまり、男性がインターネット老人会で、何かしらの間違った知識を披露したに違いない。これは、あくまでも仮説だが可能性が高い。でも、男性に言うのはやめた。世の中には知らない方が幸せなこともあるのだから。

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