手紙

あああああ

一通目

 お前にこうやって、手紙を書くのは初めてだな。もともと、手紙なんてもんは昔っから殆ど書いたことがねえから、何を書いていいか、全然分からねえ。

 でも不思議なもんだ。面と向かって会うときよりも、山積みになった言いてえことを、ゆっくりと整理して文字にできるってのは。こういうのも、悪くねえな。


 来月で、もう二十四か。時間が経つのはあっという間だな。


 お前が産まれた時、俺は三十六で優香は三十一だった。全然泣かなくってよ。お前は。産まれたときから俺達のことを心配させっぱなしだった。まあ、覚えているわけないよな。


 ガキん頃はよ、幼馴染のケン坊やマリちゃんとつるんで、イタズラばっかりしてよ。いっつも優香を困らせていたな。あいつの愚痴を訊く頃には、お前はもうぐっすり寝てる時間だったから、ろくに説教もしてやれなかった。


 今思えば、俺達のすれ違いは、そんな細かいことの積み重ねから始まったんだろうな。


 お前が中学に入った頃だったか。一度だけ優香が、『もっと話を聞いてあげて』って言ったことがあった。俺はその時、『忙しい』って突っぱねちまったんだ。

 俺もよ、ガキん頃は親父やお袋と禄に話なんかせずに、やんちゃばっかしてたからよ、お前の気持ちを分かってたつもりで居たんだ。

 お前のことは優香に任せて、俺はただ稼ぐだけでいい、そう思ってた。


 でもよ、そいつはただの甘えだったって、今になって痛感してる。お前が人様に迷惑をかけちまって、そんなところに入っちまうようなことになるなら、もっともっと、あの頃のお前に『人の気持ち』ってもんを教えるべきだった。


 お前が中二の頃、スーパーで万引きして、捕まったことがあったよな。俺はあん時、『人様のものを盗むなんて最低だ』だの、『恥を知れ』だの。当たり前の説教ばかりたれて、お前の話を聞こうともしてなかった。

『何かあったのか?』って一言でも言えば、少しは違ったかもしれねえのにな。俺はただ怒鳴り散らして、お前を萎縮させるだけだった。


 お前はあん時、本当に金に困ってて盗んだわけじゃなかったんだろ? 菓子なんかよ。


 病気が進行していた優香を心配させたくなくて、お前が万引きで捕まったことも、結局あいつに言えないまんまだったけどよ。


 優香の葬儀の日、お前に『父親づらすんじゃねえ』って言われたのを、まだハッキリと覚えてる。悔しかったよ。俺が今まで頑張ってたのは誰の為だったか、どんな想いで支えてきたのか、まるで伝わってなかったことも、俺がお前と何も分かりあえて無かったことも。父親失格だって突きつけられるまで、それに気付けなかったことも。

 何も言い返せなかった。


 高校を卒業したお前は、マリちゃんを連れてこの街から出ていった。それから先、お前に何があったかなんて殆ど分からなかったけどよ、マリちゃんとこの親父さんを通して少しずつ聞かせてもらってた。


 中古車を売る会社に勤め始めたこととか、上司と喧嘩してクビになったこととか。その後も上手くいってねえこととか。

 マリちゃんを通して、無理矢理にでも、仕送りを送りつけておけばよかった。


 お前が本当に辛い時に、何もしてやれなかった俺のこと、恨んでるよな?


 済まん、優人。あんな事をしでかしたお前を叱ってやることすら出来ねえ、不甲斐ない親父でよ。

 済まん、優人。お前の気持ちを受け止めることも出来ねえ、弱い親父でよ。

 済まん、優人。それでも立派に『父親』を出来てるだなんて、思い上がっていた馬鹿な親父でよ。


 マリちゃんから聞いてるかもしれねえが、お前が出所する頃には、俺はもう墓の中に居る。


 もうお前を引っ叩くことも、抱きしめることも、一緒に酒を呑むこともできねえ。

 出所して、立ち直ったお前の勇姿を、マリちゃんと式を挙げるお前の晴れ姿を、見届けることもできねえ。


 だから最期に、言わせて欲しい。


 二度と間違えないでくれ。

 マリちゃんを幸せにしてくれ。

 そして、俺みたいな父親にならないでくれ。


 それでも、お前は俺の、自慢の息子だから。

 頑張れよ。優人。


 正人より。

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