私
フレンが居ない。テレポートをする寸での所でフレンだけ弾き飛ばされ、テレポートの範囲内から出てしまった。
「え────────?」
一瞬何が起きたか解らなかった。弾き飛ばされた? あの一瞬で? いや、それより、
「戻れないの!?」
メグリサネに掴みかかる様に問おうとして、言葉が通じない事を思い出して、意味の無い行動だってすぐに手を放した。ダメだ。感情的になるな。こういう時こそ冷静に物事を判断しなければ。
『……………………ぁ、っ』
メグリサネは酷く動揺している。
『ぁぁ、っ、嫌、イヤァァァァァァァァァッァァァアッ!』
また、人を置いて来てしまった。彼女にとって二度と経験したくなかったはずの状況を再び味わっている。魔力はもう無い。もう一度テレポートなんて出来ない。かと言って、メグリサネしかマーキングしていない。
フレンだって魔力は尽きていた様子だった。このままではクリオスと同じ運命を辿ってしまう。
それはダメでしょ!? だって、私はずっとフレンに世話になりっぱなしで、例えノエルの為だったしても助けられた事には違い無いんだ。
たった数日の間だけでも、それでも私にとってとても大切な人だと思う。そんな人が死ぬ。
そんなの耐えられない。幾らこの世界の命の価値が低いからって私はそれに賛同出来ない。死んで欲しくない。生きていて欲しい。出来る事なら助けたいっ! でも、方法が無い。
私はテレポートなんて出来ないし、メグリサネには言葉さえ通じない。意思疎通が難しい状況にある。この状況でどうやってフレンを助けるって言うんだ。そもそも私が戻った所で何の役に立つっていうんだ。
相手は空の器だ。私が太刀打ち出来る相手じゃない。
心臓が痛い。締め付けられるような痛みに顔をしかめる。
「何とかならないの!? このままだと、フレンが……ッ!」
メグリサネは、今にも吐きそうな顔をしながら、杖を突く。まさかやる気なの? あまりに無茶だ。また魔力欠乏症を起こしてしまう。そんな状態でテレポートしても何の役にも立たないでしょ!?
「待ってっ」
言葉は通じない。だから彼女の肩を掴んで、揺さぶる。
『縺?k縺輔>繝?シ』
メグリサネが絶叫する。私を振り払ってそれでもテレポートしようとする。
「今行ったって何も出来ない癖に、何で……ッ」
死体を増やすだけだ。それに、今のメグリサネにテレポートを成功させる程の魔力なんて残ってない。もう空っぽなんだ。
だから、描かれた魔法陣がガシャンッと壊れてしまった。
『ぅぐぁ、がっぁ』
彼女は大きくえずいて、その場にへたり込む。最早詠唱さえ不可能だ。
でも、このままだと本当にフレンが死んでしまうって解ってる。だから急がないといけない。急いで……どうすれば良い。助けを呼んだって間に合わない。今すぐ森に行かないと間に合わないかもしれない。
フレンが押されている所を初めて見た。全て人に乗り移った訳じゃないはずなのに、あれだけの力があるなんて、そんなの勝てっこない。
「ぅっ、どうすれば良いの……?」
どうすればフレンを助けられる? どうすれば私は彼女に報いる事が出来る?
フレン達の事情なんて知ったことないと言わんばかりに帰りたいと言い続けた。最初、とても嫌悪感を示していたのに、フレンはそれでも面倒を見てくれた。娘の身体を乗っ取っている形だというのに。
私を少しだけでも信用してくれた。なのに、どうしてもその信用に応えられる気がしない。嫌いだって恨んでるってちゃんと言ってくれたなら、私だってこんなに迷わなかったのに。
心臓が響く。とくんっとくんっと強く、早く鼓膜にも届く激しい音が体内で響いている。
うるさい。今どうすれば良いか考えてるんだ。急かすなよ。
何を犠牲にしてでもって言ったのに、何だよって。そんなの自分の何をでもって意味に決まってる。誰かが死ぬ事なんて許容した覚えはない……ッ。身近な人が死ぬなんて、一度だって経験したくない。
私の所為で一人死んでるんだ。これ以上誰かを失うなんて耐えられない!
考えが纏まらない。予想以上に混乱している。メグリサネもどうすれば良いか解らなくて止まってしまっている。
護ってもらってばかりの癖に、フレンがピンチな時に護ってあげられないなんて、そんなのないでしょ……!? 恩は返す。絶対にッ!
「…………………………っ、そうだ」
一つだけ活路があるかもしれない。どうなるかは解らない。応えてくれるかも解らない。それは私次第だと思う。
「大切な人が死にそうなんだ。何があっても私は助けたい。私なんてどうなっても良い。だから、ノエル。力を貸して」
胸に当てた手に意識を集中させる。魔法が怖いなんてもう言ってられない。我儘を言える時期は終わった。思春期は終わったんだ。誰かに頼る事を恥ずかしいなんて思わないし、誰かを助けたいって思う事は立派だと思う。
それが例え自分の何かを犠牲にするという事になっても。
「魔力障壁、手伝ってくれてたでしょ。魔法だって、詠唱だけで使える様に調整してくれてた。だって私、魔力障壁の貼り方殆ど解ってないもん。魔力を放出する事は出来ても放出した魔力の操作なんてまだ掴めてない。一朝一夕で出来る事じゃないでしょ、アレ」
あまりに魔法が便利すぎた。私が知らない概念を私が魔法を使おうとする度にノエルが補ってくれていた。それに気付いたのは、つい先程、魔力障壁を棒状にして炎を割った時。あんな事が出来る程、私は魔力を理解してないよ。
「私がどうなろうとも構わないから、お願い。気遣ってくれてたのは解ってる。私とノエルの記憶が混ざらなかったのは、きちんと私を否定してくれてたからだ。でも、大丈夫。ノエルと一緒なら助けられる……ッ!」
フレンが語るノエル像はとても魔法に長けている。この身体を動かしていてもそう思う。
「解ってる。記憶が混ざれば、多分私は私じゃなくなると思う。それでも良いから、フレンを、恩人を助けたい……っ! お願い、ノエル。力を、一度切りの切り札を」
躊躇うな。私は大丈夫。娘を、親を失う怖さに比べたら、私なんてへっちゃらだ。怖くないと言えばウソになるけど、こうしている間にフレンを亡くしてしまう方がもっと怖い。
「………………行こう。ノエル」
その瞬間、心臓がぎゅっと握られるような感覚に襲われ思わず屈んでしまった。
「ぐっ、ぁが……っ、ふ、ぅ」
息を吐いて、痛みに耐える。胸の辺りが凄く暖かい。炉心が廻っている。芯から温まるような感覚の後、まるで海の上を揺蕩うような心地よい感覚が私を包んだ。
────────────────────記憶だ。
ノエルの、記憶。濁流の様に流れてくるそれによって私の記憶は奥へと追いやられていく。
最初に浮かんだ記憶は、空を見上げていた。それは美しい彗星の様なモノが空へと駆けている光景。二つある月の内の一つが落ちてきている。それを迎撃する様に、その彗星は天へと撃ち上がった。
それが魔法だって解ったのは暫く経った後だった。弧を描く彗星は月へと着弾し、轟音を響かせ、そしてその衝撃は幼いノエルの身体にも伝わる程だった。その怖くも美しい光景に目を奪われていた。
初めて魔法を綺麗だと思った。まるで彗星の様なそれを、子供心に綺麗だって思って大切に心の中に仕舞った。
強烈に印象に残っているから、最初に浮かんだのだろう。
月は砕かれ彗星も消える。そして空に描かれる巨大な魔法陣。星と星を結び描いたんじゃないのかってくらい巨大な魔法陣が、遠くの空を覆っていた。
次に見たのは、フレンだった。幼いノエルに対し、やっぱりフレンの見た目は今と変わらない。ノエルはフレンに懐いている様だが、まだ一緒に暮らしていないのだろうか。というかここはどこだろう。どこかの宿舎……に近い。ノエルの記憶だと曖昧だ。子供の頃の記憶だからだろうか。
「ふーしゃ!」とフレンを呼ぶ。可愛いあだ名をつけて貰っていたらしい。フレンは微笑みながらノエルの頭を撫でる。「ノエル、僕と暮らそっか」と問うフレンにノエルは元気よく「うんっ!」と答えた。
体調を崩した。
──体調を崩した。
────体調を崩した。
死にそうな思いをする程の大病を患った。
その度にフレンが隣に居てくれる。手を握ってくれる。大丈夫だって安心させようと体温を感じさせてくれる。その時初めてフレンを「おかーさん」と呼んだ。フレンは、とても嬉しそうにはにかんで「うん。ここに居るよ」と強く手を握った。
──────体調を崩した。
何度も、何度も。少し気温が下がればすぐに風邪を引いた。どれだけ防寒対策を施しても、必ず風邪を引いた。フレンは冒険に出掛ける事も無くなって、依頼さえ受ける機会は減った。
────────体調を崩した。
ずっとずっと、苦しくて身体が重い。朦朧とした意識の中で、どこかに運ばれている。「おかーさん」と呼ぶノエルの声にフレンは、「大丈夫だからね」と返す。「いきがね、くるしいの」と必死に訴えると「ごめんね、もう少し我慢出来る?」と優しく言い聞かせる。息が浅い。呼吸をしようとすると、かひゅっと喉が鳴る。
全身が怠くて、ぼーっとする。暫くして、フレンが足を挫いてしまったのか、その場にへたり込んでしまった。
見たくなかった。フレンとノエルがどんな人生を歩んできたか。それを知って、余計に私は自分を嫌いになった気がする。
記憶は雪崩れ込んでくる。私が知らない知識、言葉、思い出、全部存在しないはずなのに思い出せる。
次に浮かんだのは、フレンの嬉しそうに泣く顔だった。「良がっだっ」って顔をぐちゃぐちゃにしながらノエルを抱きしめている。大病を克服して、もう苦しまなくて良いって解ったから。ノエルよりもフレンの方が喜んでいた。抱きしめられ頭を撫でられ、良く解っていないノエルに「これからは魔法も使える、自由に外も歩ける。夢、叶えられるんだよ」と優しく伝えて、その意味を理解したノエルは声を上げて泣いた。
一緒に依頼に行った。魔法を覚えて、冒険者になって、おかーさんと冒険者として依頼を受けた。始めは簡単な魔物の討伐から始めて少しずつ依頼の難易度を上げていった。ノエルはあっという間に魔法を覚え、魔物を倒し、冒険者として一流になった。
そこでノエルは今度はおかーさんとだけじゃなくて、色んなヒトと冒険してみたいって冒険者として一人立ちを決意した。それから仲間を募った。魔法は使えるけれど回復魔法はからっきしだったから治癒魔法が使えるヒトを探し、前衛で敵を引き付けるヒトを二人程探そうと決めて、ユリアスとクリオスの双子を見つけた。暫くは三人で依頼をこなしていたが、やはり治癒が出来るヒトが欲しいとの事で、メグリサネを迎え入れた。
四人はギルドカフェ内で有名なパーティとなった。
────────それで、最後に私の記憶を見た。
「ただいまー」
玄関を開けて、中に居るだろうお母さんに声を掛ける。おかえりーと帰って来た言葉を余所に、靴を脱いで手を洗い、そのまま自分の部屋に入る。ゲームの電源を先に点けて、着替えを用意し制服を着替える。
シャワーを浴びる気にはなれなくて、まぁ汗掻いてないし後でいっか、とコントローラーを手に取る。
それと同時にスマホが通知音を鳴らした。これから始めようって時に野暮なやつなんて思いながら、制服のスカートのポケットに入れっぱなしのスマホを取り出して通知を見る。
「……ユキか」
確か今日はバイトの面接があるって言うんで、別々に帰る事にしたんだ。
『これは受かったね!』と気の早い彼女に苦笑して、返信を考えているとすぐに続きが送られて来た。
『今からカフェ行かん? 駅前のやつ! 驕ってやってもいいよ!』
「奢り、ね。ほんとに驕ってどうするのさ」
『うるさい! 良いから行こ?』
「テンション高いね」
仕方ない。こうなれば話を聞かないのがユキだ。それにこれ、行かん? って誘っておきながらもう本人は店に着いているパターンだ。全く仕方のない子だ。
「おかーさんー! ちょっと出かけてくるー!」
「あら、またユキちゃんと? 仲良いのね~」
「ご飯少な目でいいかも!」
「解ったわ~。気を付けて行ってらっしゃい」
どたばたと玄関を出て、駅前に向かう。大体十分程の道のりだったはずだ。そこまで遠い訳じゃない。自転車は無いから歩いて向かう事になる。こういう時持ってればなって思う。駅の駐輪場はお金掛かるから、あまり多用はしないと思うけど。
歩きながら通知が鳴ったスマホに目を落とす。
『もう向かってる?』
と何故か自撮りも着いたチャットが送られてきている。もう向かってるとだけ返してスマホをポケットに入れる。
そのまま暫く歩いて国道に出る。ここまで来たら駅前はもうすぐ目の前だ。ポケットからスマホを取り出して「もうすぐ着く」と打つと、すぐに返信が帰って来る。
『私は今か今かと待ち構えているぞっ! 出来るだけ急ぐんだな! ぐゎっはっっは!』
何か楽しそうだなこいつ。なんて言う訳も無く、はいはいと短く打って、
そうやってスマホに夢中になっていた間、私は気付かなかった。信号無視をした軽自動車を避けようとしたミニバンがハンドル操作を失って、私の眼前に大きなクラクションを掻き鳴らしながらかなりのスピードで迫っていた。
「────────────────あ」
そうだ。そうだった。なんだよ、じゃあ帰れないじゃん。
「そっか。死んだのか、私」
思えば、そうだよな。どうやって魂だけになってノエルに乗り移ったんだよって話だったし。私、死んでたんだ。案外受け入れられるんだな、こういうの。
「はは」
乾いた笑いが思わず出てしまった。
でも今更死んでたなんて関係無いよ。案外記憶ははっきりしている。ノエルの記憶か私の記憶かはっきりしない部分もあるけれど、まだ私は渡良瀬いつきってきちんと主張出来る。
痛みはもう無い。だから大丈夫。
「何を笑っているのよ」
メグリサネが私に問う。言葉が解る。何を言っているかきちんと解る。あぁ、言葉って素晴らしいんだ。今までムカつく奴だと思ってたけど言葉が通じるだけで可愛く思えてくる。
「……ごめんねメグリサネ」
「────え? 言葉、なんで?」
「大丈夫。終わったら、私消えるから。だから、メグリサネは生きてね」
杖を握る。テレポートを使う。大丈夫、理論ならさっき思い出した。マーキング? 大丈夫。ノエルの魂とフレンの魂は繋がっている。ならば、その繋がりを導にして飛べるッ!
「終わりにしよう」
杖を突く。
「大丈夫だよ、ノエル。絶望なんてしてない。最後まで力を貸してね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます