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「なるほど。話は大体理解した。キミはノエルではなく、異世界から渡来した渡良瀬いつきという人間である、と。…………到底信じられないが、キミは事実、ノエルの姿をしている。そして、ノエルとしての記憶も経験も無く、言葉も解らない。なのにどうしてか僕の言葉は理解出来るし、キミの言葉は僕に伝わる」


 そう、彼女とだけ意思疎通が出来る。彼女が喋る言葉が杖の少女たちとは別という訳でも無い。彼女達は同じ言語を発している様に思う。だから、言語の問題ではなく、他に何かもっと根本的な理由があるような気がしてならない。


「………………そんな事があり得るのか? いや、しかし言葉が通じるのなら、ノエルがまだ中に居るという事のはず。キミの言葉を鵜呑みには出来ないけれど……まぁ、良い。どうせこの子が目を覚ますまで僕達は動けない。あの二人を助けに行くにしても情報が欲しい」


 彼女は冷静に考えに耽っているようだ。


「そうだ、忘れていた。僕はフレン。フレン・ベルゼグローヴ。ノエルと僕の関係性を一言で表すなら、僕はノエルの母という事になる」

「……………………っ、ごめんなさい」

「謝る事じゃない。故意でない事は解ってる。魂の入れ替えなんて、ヒトが成せる業じゃない。それこそ大魔法使いでさえ不可能だろう。それを行ったとして、わざわざノエルに入る意味も解らないしね」


 母? 私と歳は変わらないように見える。それどころか年下だと言われても違和感なんて無い。馬車に積んでいた大きな剣をスペースを開ける為に背負って余計に小さく見えているかもしれないけど、でも母だなんて。


 疑問は多い。その答えも聞きたいけれど、でも本当にこの人が、私が今乗り移ってる状態のこの子の母だというのなら、彼女の心中はあまりに察しがたい。


「この子が目を覚ますまで、キミは僕と来て。他人と暮らすのは嫌だろうが、キミを一人には出来ない。悪いが僕はキミを心から信用する事が出来ない」

「──────────でも」

「キミに拒否権は無い。娘の身体を心配する母として、僕はキミを見過ごす訳にはいかないし、キミは僕以外の言葉は解らないんだから仕方ないだろう」


 冷たい人だと思った。言っている事は間違っていないはずだけど、言い方に棘がある。そりゃあそうだ。私は、彼女の娘を奪った様なモノだ。殺されたって多分文句言えない。


「キミも困惑しているのは解るが、ごめん。これ以上の最善策が思い浮かばない。今後キミは僕の監視の元生活して欲しい。勿論、キミが元の世界に還る方法も探す。でもそれ以上に、ノエルの身体を他人に…………扱われるのは耐えられない」


 私にはノエルという少女の記憶がない。憑依したような形で私はここに居るけれど、憑依した元の人格は引き継がないし記憶も引き継がなかった。だけど、こうまで言わせてしまう事に悲しさを覚えるのは、この身体にまだノエルという少女が残っているという事なんだと思うんだ。

 非現実的な現実に心を許すわけにもいかないけれど、現状を鑑みて私が取るべき最善の行動はフレンと名乗ったこの少女と共に居る事。言葉も解らないんだ、言葉の意味を理解しあえるのなら、私は彼女の傍に居るべきだ。


 迷惑を掛けるとかそういう思考は全部捨て置け。元の世界に還るには、そうするのが一番だ。だってまだライブ行けてないッ!


「────────わかった。そうするのが一番良いと思う」

「ありがとう。約束するよ、必ずキミを元の世界に還す方法を見つけてみせる」


 彼女の手には手綱が握られていて、私は杖の少女と共に馬車のキャビンに揺られている。フレンの話を鵜呑みにするのも良くないかもしれないけど、今の所私に与えられた情報源はフレンのみ。


 元の世界に還る。当たり前だ。私にはまだやり残した事がある。ユキを一人にしてしまうのも嫌だし、何よりまだ推しのライブに行けてない。折角チケット取ったのに行けないなんてそんな悲しい事あってたまるもんか!

 だけど還る方法なんて皆目検討が付かない。私は渡良瀬いつきという人間のはずなのに、何故ノエルという人の身体になっているのか。そもそもどうして私は異世界なんかに渡来したのか。理由も原理も何も解らない。幾ら魔法があるからって全部魔法だからで理由付けられる程この世界も簡単じゃないだろうし。


「還る方法に心当たりがあるの?」

「無いね。だから探すんだ。探求は冒険者の基本さ。冒険者くらい知ってるだろう?」

「…………ゲームでなら」

「ゲーム……。頭を使った遊戯というモノならあるが、キミの言うゲームは少しニュアンスが異なっているね。キミの世界には冒険者は居ないのかい?」

「冒険家は居るけど……、洞窟に潜ったり山登ったり。冒険者って何するの?」

「基本は、依頼を受けて魔物を討伐したり、素材を採取したり、調査を行ったり。ノエル達も調査に行っていたはずだ。そこでワイバーンと接敵してしまったんだろう。運が無かったんだ」


 なるほど、ゲームや漫画で見る通りだ。冒険者は依頼を受けてその依頼をこなし報酬を得る事で生活している。正直それを聞いても冒険者に憧れるなんて事は無いけれど、便利な仕事ではあるんだと思う。色々と融通は利くが、福利厚生は死んでそう。文字通り命懸けの仕事だけど、普通の依頼であれば、農家からの依頼とかが多いんだろうし報酬も不味そう。なる意味を私は見い出せないかも。

 この世界の人達にとっては、どうなんだろう。アニメや漫画では憧れだなんて言うけれど……。


「あの二人は、無事なのかな」

「……どうだろう。実力はあるが、運が無かった。ワイバーン、それもギルドカフェが出していた依頼は特殊個体だ。本来ならこの時期のワイバーンはヒトを襲う事は無いんだが……。色々とイレギュラーな事が起きた様に見える。その子が目を覚ましたら色々と聞かなければならないが、覚悟しておいてほしい。その子からすればキミは仇に見えるだろう」

「………………わかってる。けど」

「あぁ、キミは何も悪くない。知ったこっちゃないって言えるだろうけれど、感情論で語らずにはいられないだろうね。仲間とはそういうモノだよ」


 二人が死ぬ気で護った子が別人に乗っ取られているなんて殺したい程憎まれても仕方ない。だけど、それは困る。殺されるのは困る。

 もう、良いんだ。解ってる。私が向き合うべきはノエルを知る人達。そして何よりノエル自身だ。


「正直に言うと、僕も恨めるのならキミを恨みたい。それが無駄だと解っているし、キミが死ねば今度こそノエルは戻ってこないだろう。だから、キミは悪くは無いんだけど、僕はキミが嫌いだ」

「複雑な気分だよ。知らない人に嫌われたのは初めてだ」


 仕方のない事だ。誰かに嫌われるなんて事生きてればそりゃあると思う。だけど知らない人に嫌われる経験はあまり無い。大抵知ってから嫌われるモノだ。稀な経験だね、これは。良い経験だとは思わないけど。


「着いたよ、杖をお願い」

「ここは?」

「ギルドカフェ。簡単に言えば冒険者の支援施設だ」

「なんでここに?」

「中に診療所がある。魔力欠乏ならここで事足りる」


 馬から飛び降りて、杖の少女を降ろしたフレンは早くしな、と私を呼ぶ。杖を持って、軽々と少女一人を持ち上げたフレンの後を追う。


「キミは一言も喋るな。ギルドカフェにはノエルの知り合いも多い。何か聞かれても、何も言うな。もし喋ったら……解るね?」

「……うん」


 鋭い目つきで脅されてしまった。確かに私が喋れば色々と面倒な事になるだろう。ノエルという少女がどんな人かは知らない。明るい人なのか、暗い人なのか、どんな口調でどんな性格なのか。私には解らない。だけど、もし私が日本語を喋ればそれだけで面倒な事になるのは明白だ。

 改めて、言葉は通じないのだ、と釘を刺された気分。


『蠢懊?∝クー縺」縺溘°縺」縺ヲ縲√◆縺?莠九§繧??縺?↑縲ゅΘ繝ェ繧「繧ケ縺ィ繧ッ繝ェ繧ェ繧ケ縺ッ縺ゥ縺?@縺』


 いきなり話しかけられてしまった。


「すまない、今は先にこの子の治療を優先したい。話は後だ」

『縺翫?∝ソ懊?∵が縺??るュ泌鴨谺?荵上°縲ゅΓ繧ー繝ェ繧オ繝阪′? …………縺昴≧縺』


 私は視線を合わせないようにしながら、フレンに着いていく。その様子を察してか、私に声を掛ける人はそれ以降居なかった。


『驟偵??」イ繧?縺』

『縺昴≧縺?縺ェ縲ゅ◎縺?>縺?コ九b縺ゅk縲ゅ◎繧後′蜀帝匱閠?□』


 フレンは私を一瞥し、奥の扉を開く。後に続いて扉を潜って、丁寧に扉を閉めて、中を見回す。ベッドが何個かあって、女性が一人座っている。


「魔力欠乏だ。回帰剤は飲ませたが、容体は良くならない」

『……驥咲裸縺ュ縲るォ倥¥莉倥¥繧上h驥咲裸縺ュ縲るォ倥¥莉倥¥繧上h』

「金に糸目は付けない。助けてやって欲しい。色々と訊きたい事があるんだ」

『縺昴?ゅ↑繧峨◎縺薙↓蟇昴°縺帙※蠕後?莉サ縺帙↑縺輔>縲ゅ◎縺」縺。縺ョ蟄舌?繧ィ繝シ繝?Ν驟斐>繧定オキ縺薙@縺ヲ繧九o縺ュ縲り脈繧偵≠縺偵k縺九i鬟イ縺ソ縺ェ縺輔>縲ょー代@縺ッ逞?憾繧定サス縺丞?譚・繧九?ょセ後?逵?繧倶コ九?』

「悪い、助かる。いくらだ?」

『蜷医o縺帙※縺九▲縺阪j蜊∽ク?そ繝ャ繝ォ縲ょ?縺帙k?』

「これで」

『螟ァ驥第戟縺。豁ゥ縺?※繧九?縺薙▲繧上?ゅ∪縺∬憶縺?o縲ゅ♀驥代?鬆よ斡縺励◆縲ょセ後?繝励Ο縺ォ莉サ縺帙↑縺輔>』


 フレンは、解った、と答えて受け取った薬をポケットに仕舞うと、杖の少女をベッドに寝かせる。私も持っていた杖を彼女の隣に置く。


「行こう。取り合えず僕の家に」


 頷いて彼女に手を引かれたまま部屋を出て、そのままギルドカフェを出る。ギルドカフェに居る彼らは私達を見て声を掛けようと迷っていたが、結局酒を煽っていた。


「……もう喋って良いよ。息苦しかっただろう」

「────────あの人達はなんて言ってたの?」

「さぁ、聞いてなかったな。ほら、早く乗って。キミも疲れているだろう。さっさと家で休んでしまおう」


 馬車に乗せられて、また揺られる。


「………………どうして、フレンは優しいの?」

「優しい? 僕が? そう見えるかい?」

「少なくとも、嫌いな相手にここまで優しくはしないと思う。私が、……その、ノエルの身体を無理やり奪ったって考えないの?」

「言っただろう? 魂の入れ替えなんてヒトが成せる業じゃない。もしキミがキミの意思でノエルを乗っ取ったというのなら、僕はキミを殺そう。だけどそうじゃないのなら、少しでもノエルを助けられる可能性があるのならその可能性に賭けてキミを助ける」

「……強いね。私は、もう挫けそうだ。今体験した全てが私が暮らしてた場所と違ってる」


 目を瞑ると、そこにアレが居る。黒い手が伸びてきている。アレが何なのか解らないけど、多分、あれをどうにかしないと帰れないと思う。


「明日またギルドカフェに向かう。起きれるくらいには回復しているだろう、あまり急かしたくはないが、ヒトの死が掛かっている以上無理をしてもらう事になる。勿論キミにもね」

「………………解ってる。私が還るためだもん。なんでもする」


 私がこうしてノエルという少女の身体を乗っ取ってこの世界で生きている理由は解らないし、知りたくも無い。ただ還れれば良い。その為なら私はなんだってやる。

 生きて、生きて、生きて、それで還るんだ。


「冒険者とは、死と隣り合わせなモノだ。ヒトビトの依頼を達成し、報酬を得て名声を得る。その為には力が必要で、代償に誰かを失う事もある。魔物と戦って、誰かの為に命を賭す。それが冒険者だ。誰かの為に命を消耗するのが、僕達にとっての当たり前でやるべき事だ。だから余計に、仲間には生きて欲しいと強く願う。自己犠牲の終着点のような場所で生きている、それしかないから、僕達は進み続けなくちゃいけない。誰が死のうと、何を失おうと。だから余計にあの子はキミを恨んでしまうだろう」

「…………誰かを犠牲にしてでも進むって感覚が、私には解らないよ」


 私には無いモノだ。


「もしもの時の為にこれを渡しておく」


 話聞けよ……。


「指輪?」

「もしもの時だ。そう何度も使える代物ではないが、その指輪は付けている者同士を入れ替える。これからキミを危険な場所に連れて行く事になるから、保険として付けておいてほしい」

「入れ替え……?」

「言葉のままだ。僕とキミの位置を入れ替える。ただそれだけだ。だけど魔物には良く効く」

「そう……なんだ?」


 魔法の一種? 指輪にその機能が備わっているから、魔道具と呼ぶのだろうか。ゲームや漫画の知識で良いなら、私の中ではそう呼ぼう。


「キミが生きていた世界は、多分全く違う世界なんだろうと思う。魔法は、知ってるよね」

「冒険者と一緒。ゲームの中なら、あった。だけど、私は魔法なんて使えない」

「魔法が無い世界? なら魔物は?」

「居ないよ」

「なんて羨ましい世界。僕達の理想郷だね」


 魔法がある方が便利、とは言えなかった。あの光景を見て、便利だなんて気軽な言葉、言える訳がない。魔力欠乏という症状がどれほど深刻なモノかは解らないけれど、胃の中の内容物全て出たんじゃないかと疑うくらいの嘔吐だった。勿論他にも症状はあるだろう。彼女を運んだ時、少しだけ体温が高かったから、高熱にも魘されているかもしれない。

 それに恐らくフレンが言う魔物に属されるだろうワイバーン。魔法があることと魔物が居る事はセットなのかもしれない。

 だから、便利なんて言える訳がない。あんな惨状見て言える度胸は私には無い。


「うん。多分、あなた達からすれば、とっても良い世界なのかもしれない」


 冒険なんて今の世の中じゃ難しいかもだけど、行きたいとこは金さえあればどこにだって行ける。海外だって北極だって、果ては宇宙までも。人類の貪欲なまでの技術は留まる事を知らないのだから。


「怖く、ないの? 魔物と戦って、誰かの為に命を賭けるって、とても勇気が居る事だと思う。その……、私には真似、出来ない」

「怖いよ。死ぬ事は怖い。キミもそうでしょ?」

「だったらどうして」

「それしかないヒトが多いんだ。死にたくないから冒険者になっているヒトも居るんだよ」

「でも、命を賭けてるって、おかしな話じゃない?」

「死なないように生きているのさ。最低限生きれるだけの稼ぎだけを求めてるヒトも居るって事だ。冒険者は決して稼ぎが良いわけじゃない。命を張るだけの価値があるかどうかはその個人によって変わる。だから、決して楽な道ではないけれど、今日を生きられる分だけの稼ぎだけを得て、何とか生きながらえているヒトも居る。スラムに住むよりマシだってね」


 スラム……やっぱりあるんだ。冒険者は決して誰もが憧れるような職業ではないらしい。どちらかと言うと、もう後がない人達がなるモノ……なんだろうか。

 にしては、フレンは裕福そうだ。馬車に乗っている時点で、それなりに余裕があるように見えるし、母というのなら子を養うだけの力はあったという事。こんなか弱い腕にそれだけの力が宿っているのか。不思議だ。


「冒険者で居る事は決して恥ではない。彼のグランビュート・ベルゼグローヴも、辺境の村の冒険者出身だった。決して侮られるべき職業ではない。それに、今のヒトビトの生活を一部は支えているのが現状だ。騎士や傭兵も居るが、そこまで金は出せないヒト達が最後の頼みで依頼を回す事も多い。だから報酬もまちまちなんだ」


 話を聞くに便利屋に近いのだろうか。魔物の討伐、素材回収、調査、多岐に渡る依頼の中から厳選して報酬を得る。そうして彼女達は生きている。


「どうしてあなたは冒険者になったの?」

「僕は、憧れだったんだ。冒険者になる事が、ではなくて、冒険そのものが。だから僕は良く旅に出るよ。ノエルを育て始めてからは、あまり遠出はしなかったけれど、昔は国を渡る事も多かった」

「そう、なんだ」


 私達の言う旅とは訳が違う。電車に乗って、車に乗って、飛行機に乗って、気軽に行くモノじゃない。文字通り命を賭けて遠征を行う。彼女はそうやって生きてきたという。想像出来ない。魔物が居る中でわざわざ冒険したいと言って命を危険に晒すなんて私には理解出来ない。

 ロマンの為に命を賭けるなんて馬鹿のする事だ。私は絶対にそんな事しない。


「さぁ、着いたよ。ここが僕の家だ」


 馬を止めた彼女は、私を降ろし、馬とキャビンを小さな小屋に入れる。大きな一軒家に、とても広い庭が付いている。冒険者は報酬が低いって話はどこに行ったのだろう。


「名を挙げた冒険者って、稼ぎ凄いの?」

「どうだろう。まぁそれなりなんじゃないかな」

「…………………………」


 稼ぎの良い、冒険者。ちょっと夢見えてきた。なりたくはないけど、確かに、こうして稼いでいる人を見れば、憧れてしまう人が居るのも解る。ストリーマーが稼いでいるのを見て、羨ましく思う現象に近い。憧れというよりそれは舐められているだけな気がするけど。


「ほら、入って。もう夜も更けた。体を洗って寝てしまおう」

「本当に良いの?」

「娘の身体を他人に任せてその辺を歩かれても困る。夜は危険だ。ヒト攫いが出るし、もし攫われたら奴隷になってしまうかもしれない。それは嫌だろ?」


 奴隷、やっぱりそういうのもあるんだ……。私が知らないだけで元の世界でも多分あったんだろうけど、身近じゃない。どこか遠い国の話の様に思ってしまう。奴隷のように扱われているヒトは……居たかもしれないけど。


「それは、嫌だ。それに、この身体を雑に扱いたくない。私のモノじゃないんだから」

「そうしてくれると助かるよ。もし雑に扱うってなら、キミを拘束しないといけなくなる」

「あはは……」


 冗談に聞こえねー……。冗談じゃないのか。やっぱり倫理観ぶっ飛んでるよこの世界。フレンだけなのかな。いや、平気で夜にヒト攫いが出るとかいう時点で治安も良くないのは明白だ。彼女だけが倫理観が死んでいる訳じゃないんだと思う。


「明日朝また話を聞かせてもらうよ」


 玄関のドアを潜り、入りなよ、と合図しながら彼女は剣を背から降ろす。


「うん。私も聞きたい事が沢山ある」


 私自身、フレンを信用している訳じゃない。それはフレンも同じ。正直赤の他人と同じ屋根の下で過ごすなんて同性でも嫌だけど仕方ない。私の常識が通じないのだから、常識なんて今は捨て置け。家に帰るためなら私は何でもするって決めたでしょうが。


 深呼吸して、玄関を潜る。


 何としてでも、私は元の世界に還る。ユキを一人にしてしまうのは、嫌だ。

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