いつのいつか

海来 宙

episode 1 十人と別れた美少女

 

 そんな理由で伊津佳いつかは交際の申し出を断った。清楚な美少女のあいつは入学から一年強で十人とつきあい十人と別れた。いつも交際を申し込まれる側で、緊張が極限でどうしようもなくなっている相手とどうするか毎度毎度新しい台詞に込めてくる。しかし今回のとどろき、十一人目の告白に対して彼女は高校生活初のごめんなさいをした。去年から同じクラスの俺が見てきた彼女の戦歴は、いずれ別れるし態度に少女らしさが一切なかったとはいえ、一度は応じたのだから全て負け。進級直後の前回は昨年度の担任なんだから始末が悪い。中学校ではどうだったのだろう、この学校で初めて告白を受けた時ですでに「その低俗な目で私のどこに興味を持ったか知らないけど、あんたじゃ脱げないね」と来た。続きの「それでもいい?」は頭を下げた相手を腕組みで見下ろし、十五歳の女の子がありえないって。

 そういう〝覚悟要求〟もなく、今回はいきなり断った。

 ――最下位、ということか。

 二年八組の轟竜斗りゅうととは接点こそないが、俺は顔と名前を前から知っていた。野球部随一と卑下される岩石顏のごつい男、百八十をはるかに超える上背に怯える新入生さえいるものの、伊津佳が最低の態度を見せた理由は単純な見てくれの問題ではない。奴は残念なことに、相手が百戦錬磨の猛者――分かっているのは入学後の十戦だが――だと知らなかったようなのだ。彼は普通のお話の世界にあるような校舎裏への呼び出しを行い、何しろより雰囲気を稼げる屋上は生徒の出入り禁止だからな、しかも俺の幼なじみで彼女を嫌う祥子しょうこに言づてを頼んだため、それを使って級友たちを前にはずかしめられた彼女が失笑したことも知らない。

「だからって、みんないる前で言わなくてもいいだろ祥子」

「十一回目ってその『みんな』が知ってるんだから問題ないじゃない」

 何か悪いことした?と開き直りで両手を広げる祥子に俺はあきれて天井を仰いだ。彼女は去年轟のクラスメートだった。

 ――美人すぎて声を掛ける男がいないのね。

 一年間球拾いにばかり勤しんできた轟があいつの過去を知らなくて何が問題かというと、八組の女子たちが淋しい美人だと噂した相手を誤認して彼が勝手に乗せられたのが一つ、もう一つは彼が伊津佳に「男性経験ゼロでも気にしなくていいから」とはっきりくっきり言ってしまったこと。彼女自身その程度の似非思い上がりに傷つくなどとは想像すらしていなかったと思うが、不幸にも彼女の強い瞳はわずかなざわめきを帯びた。もっともこれは現場をのぞきにいった祥子からの報告であり、〝五野ごの伊津佳への告白〟というありふれた催しにもはや俺の食指は動かなくなっていた。先生だった前回が衝撃的すぎたのかもしれない。ちなみに先生の恋を迷いつつ受け入れた彼女の弁がこれだ。

 ――先生は、恋に生くると心す。教え子に酔い、未来捨てても。

 何と短歌になっており、まるで百人一首大会のように大仰な色で歌を詠む伊津佳。漢字は破局した後に誰かが聞き出したのだが、昨年度の担任は国語ではなく数学の先生だぞ?

 いやいや伊津佳に常識は通用しない。女子からは苗字「五野」をもじって「いつの」と呼ばれる彼女は、そこから〝いつの〟時代の女だよと俺に思わせた。当のむつ先生は自分を痛烈に批判した歌に感動し、残念な結果を導いたのはいうまでもない。表現は悪いが毎日教壇から見下ろされ続けた生徒として情けない限り、彼を俺はとことん軽蔑している。来年度も担任にならずにすんでくれることを今から祈りたい気分だ。

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