第5話


「あとちょっとで一区切りつきそうだ、小説」

「あ、ちゃんと進んでたんだ」

「いつも目の前でカタカタしてたろ」

「いつも目の前でカタカタしてるけど何してるんだろ、って思ってた」

 恋花はティーカップを持ち上げる。カタカタしてたら書いている、という認識は一般人にはないらしい。

 僕たちは今日もいつもの喫茶店でいつものメニューを頼んでいた。テーブルの向こうにはいつものように美少女が座っている。

「それ完成したら本になるの?」

「そう簡単にはいかないと思うけど、まあ挑戦はしようかな」

「本になったらいいなあ」

「本好きだったっけ?」

「いやそれほどだけどさ」

 恋花は変わらぬ口調で言葉を続ける。

「でも本になって本屋さんに並んだら、この時間もずっと残りそうじゃない」

 恋花の何気ない台詞に僕はカタカタしていた指を止めた。顔を上げると不思議そうに首を傾げる彼女がいる。どうやら無意識のようだ。

 彼女はいつも無くなることが前提の話をする。人よりも多くそれを見てきたからだろう。

 けど、なんだか気に入らなかった。

「そういえば僕たちが付き合ってもうすぐ三ヶ月だな」

「あ、ほんとだ。やばい」

「やばくないよ」

 僕はじっと彼女を見る。美人は三ヶ月で飽きるらしいが今はまだ実感はない。

 それでも確かに出会ったばかりの緊張はなくなっていた。ドキドキするのが恋なら、僕の気持ちも磨り減っているのかもしれない。

「前にさ、僕の恋愛は善意だって言ってたよな」

「うん、言ったね」

「そんな綺麗なもんじゃないと思うんだよ」

 恋花を見つけた日のことを思い出す。

 僕が行き倒れていた彼女に声をかけたのは、単に見て見ぬフリをして立ち去るのが後ろめたかっただけ。

「助けてみたら超絶美少女だったから付き合ったんだ」

「正直すぎて清々しいね」

「恋を食べるキャラも強すぎて小説に使える気がした」

「正直なのは良いことばっかじゃないよ?」

 彼女は眉をひそめた。僕は薄く笑みを浮かべる。

 この恋は後ろめたさで始まって、打算で続けてきただけに過ぎない。吹いたら飛んでいってしまいそうなほど薄っぺらい気持ちだ。

「でも書けそうな気がしたんだ」

 なんで恋愛小説書いてるの。以前訊かれた彼女の問いに僕はようやく答えられた。

 ──書けそうだったから。

 彼女と出会った瞬間の、あの胸の高鳴りを言葉にすればきっといい作品になると思ったからだ。

「だからこれは善意じゃない。君のためなんて1ミリも考えてない」

「彼氏のセリフとは思えないね」

「けど楽しかったんだよ」

 デートのような部活のような時間を僕は気に入っていた。

 毎日頼んでも飽きないくらいには、彼女との日々を楽しんでいた。

 確かにずっと同じ毎日なんてありえないんだろう。いつものメニューもいつかは終わる。

 でも僕は恋愛初心者だから、どうにかこうにか足掻きたくなるんだよ。

 この想いは善意どころか偽善ですらない。

 もっと利己的で、わがままで、自分勝手な。

「これは自分のための気持ちなんだと思う」

 この気持ちがいつか無くなると知って、それでも無くなってほしくないと思うのは、恋にはならないかな。

「僕は君が好きだよ」

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