第4話

「小さい頃は恋ってどうしてたの。赤ちゃんのときとか」

「そりゃ親からもらってたよ」

「家族愛はカウントされないんじゃなかったっけ」

「親もはじめは子供に恋するものだからね」

 今日も僕たちはノートパソコンとホットドッグ、紅茶とココアの乗った四角いテーブルを挟んでいる。

 喫茶店のマスターにも「いつもの?」「いつもので」と言えば通じるようになっていた。

 僕が通っていた頃はそんなことなかったので、やはり彼女の影響なのだろう。美少女は記憶に残りやすい。

「特にお父さんがね、私にたくさん恋をくれたからここまで大きくなりました」

「最近はもらえないの?」

「愛に変わっちゃったからね。小学生くらいからかな。お父さんの恋、結構おいしかったから残念」

「人によって味も違うんだ」

「そりゃ作る人が違うからね。ホットドッグとおんなじ」

 なるほど、と頷いて僕はホットドッグを齧った。確かに僕は特段ホットドッグが好きというわけではないが、この店のホットドッグは美味しいと感じる。

 恋は食べられて、愛は食べられない。

 恋が腐ったら愛になるんだよ、と恋花は前に言っていた。恋と愛の境目を見ることができるのはなかなか面白そうだと思う。

「てことは小学生の頃から男を食べ漁ってたのか」

「漁ってはないけど」

 まあそうなるね、と彼女は紅茶を口に運ぶ。

 僕が小学生の頃にもかわいいクラスメイトはいたけれど、恋なんて意識したこともなかった。そんな時期から恋人を捕まえなきゃいけないなんて大変だ。

 まあ僕に至っては今もそうだけど。

「でもさ、なんでいろんな男と付き合ってるんだ?」

「なんでって?」

「一人と長く付き合い続けたほうが安定供給だなと思って。あ、食べ比べしたいとか?」

「いや男子のことオードブルに見えてるわけじゃないから」

 善治くんはほんとに恋愛初心者だねえ、と恋花は苦笑する。

 カチャリと小さな音を立ててカップをソーサーに置いた。

「美人は三日で飽きるって言うでしょ? あれはウソ。美人は大体三ヶ月で飽きるの」

「早くない?」

「残念だけどね。善治くんに助けられた日もちょうど三ヶ月付き合った人にフラれたし」

 僕はコンクリートにうつ伏せに倒れていた女子高生の姿を思い出す。

 あれは失恋して、栄養を失って、力尽きて倒れていたのか。

「私にはわかるの。最初はたくさんあった恋心が少しずつ少しずつ小さくなっていって、三ヶ月くらいでほとんど磨り減るんだ」

 話しながら恋花は目を伏せた。顔に落ちた影が芸術作品のようで、悲哀の表情すら美しい。

 それはあまり幸せなことには思えないけれど。

「食べたら無くなっちゃうんだよ。ホットドッグとおんなじ」

 僕は彼女から目を逸らしてテーブルの上を見る。白い皿に乗った食べかけのホットドッグはあと数口齧れば無くなってしまうだろう。ココアはもう湯気も出ていない。

 当たり前のように思っていた彼女との時間も、こんな風にいつか冷めて無くなってしまうんだろうか。

「あ、そろそろ時間だね。帰ろっか」

 壁の時計を見つめる恋花の声には少し寂しさが滲んでいるような気がした。

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